私、幸せになります!
誤字報告、本当にありがとうございます。
「マジでマジ。大マジだよ」
返すエゼルウルフは、セシリアの前世の記憶に慣れすぎだろう。
(最初は、クーリングオフも知らなかったくせに)
ちょっとムッとするセシリアは、明らかに現実逃避。思考がエゼルウルフの言葉から逃げようとしている。
「フフ、混乱している。可愛いなぁ」
そんなセシリアをうっとり見つめたエゼルウルフは、あっという間に彼女を抱きしめた。
「なにを――――」
抗議しようと開いた口を、すかさず塞がれる。
(え? これって……キス? 私、エルにキスされている!)
大混乱のうちに、ファーストキスは奪われた。
(あ……いや、でも違うか。回帰前に元クズ夫と一応結婚式は挙げて、そのときに誓いのキスをしたから……セカンドキス?)
もっともあのキスは、限りなく義務的な冷たいキスだった。触れるか触れないかくらいの一瞬の接触で、クズ夫のいやそうな顔ばかりが印象に残っている。
(私の方がいやだったっての。……まあ、あのときの私は、神さまの創った疑似人格の奥にいたから、私であって私でなかったようなものだけど)
それでもこの体にとって、ファーストキスはファーストキス。最低最悪のファーストキスだ。
それに比べれば、エゼルウルフのキスは、とても熱かった。
強引で荒々しくて……でも、なぜかいやじゃない。
「――――誰と比べているの?」
考えていれば、耳元でそう囁かれた。
……察しがよすぎるのではあるまいか?
「そんな、比べるなんて――――」
「まあ、いいよ。過去はどうでも。これからシアがキスするのは、ずっと俺だけだから」
そう言ってもう一度キスされる。
「……っ、んん、もうっ! エル!」
無理やり引き剥がして怒鳴りつけた。
「シア、愛している」
「なっ」
「ちなみに、刷りこみでもストックホルム症候群でも吊り橋効果でもないから」
「え? なんで私が考えていることがわかるの?」
「シアの思考で俺がわからないことなんてないよ」
「え? ……怖っ」
思わず体が引いてしまった。
もちろんすぐに抱き寄せられるけど。
「怖くても、もう放してあげられないから。諦めて俺に捕まって。シア、シア、愛している」
エゼルウルフは、何度も「愛している」と繰り返した。
その言葉は、ずるい。
セシリアが、なにも言えなくなってしまうから。
「シア――――」
またキスされそうになって、慌ててセシリアは自分の口を自分の手で覆った。
エゼルウルフは、ニヤリと笑うと今度はその手の甲にキスしてくる。
「ダメだよ。シア。俺のキスは拒まないで。そうすれば、今はキス以上のことはしないであげるから」
「なっ……キ、キス以上って」
「シアが、まだ俺と同じようには俺を愛していないのは、知っているよ。だから、いずれシアが俺を愛してくれるまでは、その先に進むのは我慢しているんだ。……でもキスまで禁止されたら、我慢できなくなっちゃうかもしれないよ?」
セシリアは目を白黒させた。
(いずれ私がエルを愛するまでって……なんで、そんなに自信たっぷりなのよ!)
混乱しているうちに手を口から離されて、またキスが降ってくる。
「シア、愛してい――――」
「もうっ! わかった! 「愛している」のは、十分わかったから! だからっ! ……でも、これからどうするつもりなの?」
エゼルウルフの腕の中で、セシリアは微かに体を震わせた。
今まで、エゼルウルフのことならなんでもわかっている気になっていたけれど、それが間違いだったと知って、急に不安になったのだ。
セシリアを捕まえ、愛していると告げて、そしてエゼルウルフはどうするつもりでいるのだろう?
(もっと頻繁に『鑑定』をかければ、よかったのかもしれないけれど)
でも、なんだかそれはいやだったから。
ちなみに今は、結果を見るのが怖くて『鑑定』できないでいる。
(……ヤンデレだとかサイコパスだとか、でてきたら困るもの)
案外諦めの悪いセシリアだ。
エゼルウルフは、そんな彼女をジッと見ながら、話しはじめた。
「これからか……そうだね、シアの選択肢はふたつある。――――ひとつは、国王の俺と結婚して王妃になることだ。そしてもうひとつは、Sランク冒険者同士の夫婦となって、俺と世界を旅すること」
思いも寄らないことを言われて、セシリアは驚いた。
いや、王妃になるということは、先ほどからしつこいくらい愛の告白を受けて、少しは覚悟していたのだが……Sランク冒険者の夫婦?
「…………エルは、Sランク冒険者だった?」
「アハハ、そっちを気にするの? 大丈夫だよ。Sランクくらいすぐになってみせるから」
まあ、そうだ。エゼルウルフの実力なら、Sランク冒険者になることくらい朝飯前だろう。
問題は――――。
「え? え? で、でも、エルは国王でしょう? 王さまなのにSランク冒険者として世界を旅するなんて、できるの?」
そんな国王いるはずがない!
戸惑うセシリアに、エゼルウルフは「大丈夫」と言いながら、今度は頬にキスしてきた。
「シアが王妃にならないのなら、俺が国王を辞めるから」
なんでもないことのように、そう言った。
「へ?」
「もう、シアったら、俺がなんのために王族の子どもを断種せずに生かしておいたと思っているの? いつでも俺が玉座を捨てられるようにするためだよ。……あいつらは、今修道院で再教育を受けている。全員わがままな悪ガキばかりだったけど、鍛えれば中にひとりくらいはまともになれる奴もいるんじゃないかな? 玉座なんかそいつにくれてやるよ。もしも全員ダメなら傀儡にしてゴーガン辺境伯あたりに操らせればいいんだよ。……きっと、いいように操ってくれるんじゃないかな?」
またもや出かかった「マジか?」という言葉を、セシリアはすんでのところで呑みこんだ。
エゼルウルフの備えが万端すぎて怖い。
「どっちにする? どっちでもシアの好きな方でいいよ」
笑いながら聞いてくるエゼルウルフ。
そんな彼を見て…………セシリアは、なんかいろいろ諦めた。
自分のために、玉座すら簡単に捨てると言う彼から、逃げ出すことなどできないだろうと思うから。
(ううん。やろうと思えばできるけど、そしたらきっとエルは、本当に死んじゃうわ。それはいやだし…………それに、エルが死ななくっても、私が逃げたくないって思うから)
エゼルウルフは、セシリアの大好きで大切な弟子だ。
なんなら、誰より一番愛している存在だと公言してもいいくらい。
ただ、正直彼を男として愛しているかと聞かれると、今はまだそんな風には思えなかった。
でも…………「今はまだ」なのだ。
無意識にそう思ってしまえるあたり、セシリアがエゼルウルフを生涯の伴侶として愛せる可能性は、かなり高いに違いない。
(それもいいかもしれないわ)
セシリアは、そう思う。
そう思ってしまう。
回帰したセシリアの目標は、自分を虐げた家族や元夫への復讐で、それは半ば叶いつつある。
きっと遠からず目標は達成されると思うけど、問題はその後だった。
(私は、幸せにならないといけないのよね)
それは神との約束。
誰もがうらやむような幸せ者になるのだと、セシリアは誓ったのだ。
(エルと一緒なら、幸せになれるような気がするわ)
エゼルウルフの示したふたつの道でも、それ以外の道でも、彼と一緒に歩むのなら、きっとセシリアはいつでも笑っていられるだろう。
それだけは確信できた。
だからセシリアは、エゼルウルフに答える。
「そうね――――」
彼女の選んだ道は、限りない幸福に続いていた。
これにていったん完結です。
後日、エピローグ的ななにかを投稿するかもしれません。
お付き合いいただき、ありがとうございました。
しつこいようですが……
拙作「勇者の妹に転生しましたが、これって「モブ」ってことでいいんですよね?」が、刊行されています!
ゴールデンウィークのお供に是非是非ご用命ください!
よろしくお願いいたします。




