弟子は色仕掛けに弱かったようです
その後の月日は、淡々と過ぎた。
セシリアは相変わらず冒険者をやっている。
最近は、依頼の中でも難しすぎて滞っているモノ、いわゆる棚上げ案件を積極的に受けていた。
ただし――――。
「あ、そっちの依頼はお断りします」
「え? なんでですか?」
「それって王妃派の貴族の方からの依頼ですよね。ここだけの話ですけど、私、王妃さまが嫌いで――――」
こんな発言を各ギルドの受付で繰り返すようにしていた。
もちろん他言無用と頼んでいるけれど、内緒と言われた話ほど人は言いたくなるものだ。
王妃はSランク冒険者シアに嫌われているというのは、今や公然の秘密となっていた。
Sランク冒険者といえば、老若男女誰にでも好かれる人気者。各国に数人いるかいないかのレアなカリスマは、当然影響力も大きく彼らの支持を得られるかどうかは、権力者にとって死活問題だ。
なおかつセシリアは、王妃に利になることは指一本動かさないという徹底ぶり。
おかげで王妃や王妃に与する王侯貴族の人気は地に落ちている。
(王妃の力を削げれば、それだけエゼルウルフは楽になるわよね?)
表だっては彼を助けないと決めたセシリアだが、この程度の嫌がらせくらいならやったうちに入らないだろう。
ちなみに、ラネル伯爵家もバーガルド伯爵家もバリバリの王妃派だ。一緒に自分の復讐もできるから一石二鳥である。
(もっともラネル伯爵家は、お金に困っていて没落も時間の問題みたいなんだけど)
きっかけは、やはり当主印事件。
エゼルウルフを育てながらも、そこはしっかりやっていたセシリアのせいで窮地に陥った叔父は、かなりの裏金を渡して事件をもみ消したらしい。
しかもその金を日本で言うところの闇金に借りたようで、利子で膨らんだ借金の額は伯爵家の予算数年分にものぼるのだとか。
いくらもみ消したとはいえ、当主印事件以降、国がラネル伯爵家に向ける目は厳しくなっている。
このため、むやみやたらに領民から税金を搾り取ることもできず、今や叔父一家の家計は火の車。伯爵邸では賃金を払えないため使用人も居らず、明日のパンにも事欠くほどなのだと聞いた。
(いい気味。もっと苦しめばいいんだわ)
セシリアは、心の中でほくそ笑む。
いずれは完膚なきまでに叩きのめす予定だが、今のところはこんなものだろう。
(あとはバーガルド伯爵だけど――――)
一応セシリアは、元クズ夫にもそれなりの仕返しはしていた。
ただその内容が内容なだけに、なかなか結果がわかりにくいのだ。
(勃たない呪いをかけたんだけど……こればっかりは、実際確認するわけにもいかないのよねぇ)
というか、絶対確認したくない!
集めた情報では、回帰前にあれほど通っていた娼館にまったく足を運ばなくなったと聞いたから、おそらく呪いは効いていると思うのだが……。
(まあ、こっちは放置でいいか。どのみち最後は叩き潰すんだし)
その日を楽しみに待っていよう。
そんなこんなで、セシリア的には地味な嫌がらせをしつつ過ごしている間に、エゼルウルフは王になっていた。
回帰前と違うのは、他の王族を皆殺しにしなかったこと。
大人は全員断種の上で、幽閉したり罪人として鉱山での重労働を課したりしたそうだ。
幼い子どもは男女ともに修道院送り。更生して真っ当になりそうなら神官か修道女の道が開けるが、ダメなら大人と同じ道が待っているという。
窓もない牢獄で外部と隔離されて生かされる幽閉や、辛い鉱山での強制労働が、死と比べてましかどうかは人それぞれ判断の分かれるところだろうが、エゼルウルフが殺人を犯さなかったことに、セシリアはなんだかホッとしていた。
(もうこれでエルは心配ないわ。きっと幸せになってくれる)
そう思う。
――――そう思っていたのに。
国王エゼルウルフが、襲撃されて意識不明の重体だという噂が王国内を走ったのは、一ヶ月後のことだった。
(そんなバカな!)
最初セシリアは信じなかった。
だってエゼルウルフは強いのだ。
彼に勝てるのなんて、他ならぬセシリア以外いない。
(嘘よ、嘘!)
全否定したのだが、噂はいつになっても消えなかった。
むしろ「今にも死にそう」だとか「もう亡くなっているのを隠している」だとか、ますます不穏になるばかり。
心配になったセシリアは、詳しく調べることにした。
結果、エゼルウルフを襲ったのは、鉱山送りになった第三王子の婚約者候補の令嬢だったことが判明する。
そう、婚約者でなく婚約者候補。実家もどこの派閥にも属していない中立派だったため、令嬢は処罰対象から外されて、なんならエゼルウルフの婚約者候補に上がっていたそうだ。
国王の地位を確立したエゼルウルフに、次に求められるのは結婚で、一日も早く王妃を迎えてくださいとせっつかれたエゼルウルフは、日替わりぐらいの勢いでお見合いの席を設けられ、そこで事件は起こったのだという。
(エルったら、色仕掛けで迫られて襲われちゃったの?)
そうだとしたら、情けない。
しかし――――あり得ないことでもないなと、セシリアは思った。
一緒に暮らしていたときに、エゼルウルフの周りに女性の影はなかった。
原因は他ならぬセシリアだ。
別にエゼルウルフが女の子と仲よくなることを禁止したりはしていなかったのだが、全国各地津々浦々、時には外国にまで冒険に連れ回してしまったため、特定の女の子とお付き合いできるほど親しくなる時間がなかった。
それでも、ある程度エゼルウルフが成長してからは、娼館とかを勧めてみたこともあったのだが、彼は冷ややかな表情できっぱりと拒絶したのだ。
(私も、元夫の関係で娼館にはいい思い出がなかったから、強くは言わなかったのよね)
つまりエゼルウルフは、恋愛方面に圧倒的に疎い! と、セシリアは思っている。
女性に迫られたりしたら平常でいられなかったのかもしれなかった。
それで襲われたのだとしたら――――。
(私のせいだわ)
セシリアの胸は、後悔で押し潰されそうになる。
(行かなきゃ)
エゼルウルフの元に行って、安否を確かめたい。
セシリアは強くそう思った。
(そして、もしもエゼルウルフが怪我をしているのなら、私が治してあげなくちゃ!)
エゼルウルフは、国王だ。
だとすれば、すでに教会から最高の治癒魔法をかけてもらっているはずで、なのに治っていないのだとすれば、なお強い治癒魔法が必要になのだと予測される。
(それができるのは、私だけだわ)
セシリアは、ギュッと拳を握った。
『転移!』
決意を秘めた声で、セシリアは呪文を唱える。
そして――――。
「捕まえた」
気づけばセシリアは、エゼルウルフに抱きしめられていた。




