捨て台詞もらいました
誤字報告ありがとうございます
「…………俺を捨てるの?」
エゼルウルフは、そう言った。
なんだそれは?
セシリアは思わず吹きだしてしまう。
「フフ、捨てるんじゃないわ。自由に生きなさいってことよ。それに、あなたにはやりたいことがあるんじゃない? ……そうですよね、エゼルウルフ殿下?」
エゼルウルフは、ハッと息を呑んだ。
「……知っていたのか? いつから?」
「最初からよ。言ったでしょう、私はなんでも知っているんだって」
セシリアは、ぐっと胸を張る。
そして湖の上で立ち上がった。
彼女の裸足の足は、沈むことなく湖面に浮いている。
そのままポンポンポンと波紋を描きながら、エゼルウルフの正面に移動すると、水面に足を滑らせ優雅なカーテシーを披露した。
「シアは貴族なの?」
「かつてはね。今の私には名乗れる身分はないわ」
回帰したからバーガルド伯爵夫人ではないし、ラネル伯爵令嬢ではあるけれど、そう名乗るには年齢が合わない。
セシリアは、まっすぐエゼルウルフを見つめた。
「エル――――ううん、エゼルウルフ殿下。今後は、北に向かいゴーガン辺境伯に会われることをお勧めします。彼の一派は、現国王の治世に見切りをつけていますから。あなたが「王の器」を持っていると知れば、きっと味方になってくれるはずです」
少なくとも回帰前は、そうだった。
いったいどういう経緯があったのかは知らないが、消息不明だった第五王子をゴーガン辺境伯が保護して表舞台に戻ったのだ。
今から数年の内に現国王は逝去するはず。そして後継者争いが起きるのだ。
少なくともエゼルウルフは、その場に立っていなければならなかった。
そのためには力のある貴族からの支援は必須だ。
由緒正しく権力も併せ持つゴーガン辺境伯ならば、後ろ盾として申し分ない。
(その後、他の王族を皆殺しにして王位に就くのよね)
血塗れの道を歩くエゼルウルフが、哀れだとは思わなかった。
セシリアとて、復讐のためならば手を血で汚すことも厭わないと決めている。
(復讐はなにも生まないなんて綺麗ごと、虐げられ、自分の尊厳を踏みにじられ、殺されそうになってから言ってみるといいんだわ。それでもそう言える人間がいるのなら、純粋に尊敬してから絶交してあげるから。……だって、そんな奴マゾに決まっているもの)
エゼルウルフは、その上「王の器」のスキルを持っているのだ。
彼が国王になることは運命であり必然だ。たとえ、どれほどその覇道が血塗られたものであろうとも。
セシリアはそう思う。
「シアは、俺の味方にはなってくれないの?」
「味方よ。でも私が力押しでエルを王にするのは違うでしょう? エルはそれでいいの?」
聞けばエゼルウルフは、押し黙った。それがなによりの答えだろう。
「行きなさいエル。あなたは必ず王になる。……言ったでしょう、私はなんでも知っているんだって」
そう言いながらセシリアはエゼルウルフに転移魔法をかけようとする。
『転移』
『ストップ』
エゼルウルフは、それに抵抗した。
魔法と魔法がぶつかり合って、空白の間が生まれる。
もっとも、これはつかの間。セシリアの魔法の方がエゼルウルフより強いから、いずれ『転移』は為されるだろう。
「強引だねシア。わかった。俺は王になるよ。……でもシア、これだけは言わせて。……君はなにもわかっていない」
「なっ!」
「いずれそれを証明してみせるから! 首を洗って待っててね」
その言葉を最後に、エゼルウルフは転移した。
行く先はゴーガン辺境伯の邸宅前だ。
首を洗って待っていろというのは、セシリアが教えた日本の言葉。
「至れり尽くせりにしてやったのに…………なに? あの捨て台詞」
セシリアは、面白くなかった。
まったく、全然、本当に面白くない。
だから、こんなに胸が苦しいのだろう。
シンと静かな森の湖で、セシリアはいつまでも胸を押さえ立ち尽くしていた




