勝負!
そして、それから五年後。
セシリアたちは王都から遠い、辺境の町にいた。
「もう、シア! 買い食いはダメだと言っただろう!」
「でも、エル、こんなに美味しそうなんだもの。ひとつだけ!」
「ダメったらダメだ。夕食が食べられなくなるぞ」
屋台の並ぶ通りを歩きながら、フラフラと食べ物に引き寄せられるセシリアを、彼女と同じシナモン色の髪と草色の目をした青年が引き留める。
「あ~ん、お腹すいたぁ~」
「だったらさっさと歩く!」
青年――――言わずもがななエゼルウルフに叱られたセシリアは、未練たらたらに屋台を見ながら引きずられていった。そこに師匠の威厳などどこにもない。
この五年間で成長期を迎えたエゼルウルフは、ニョキニョキと背が伸びていた。今や身長は百九十センチ越え。一見、贅肉がなくほっそりして見えるのだが、服の下には鍛えられた筋肉がバランスよくついていて、彼の腹筋がきれいに六つに割れているのをセシリアは知っている。
もちろん文句なく美青年だ。
一方セシリアは……変わりなかった。
体重は多少増えたが、これは回帰前がガリガリだったせい。身長は一ミリも伸びていないし、外見も変化なし。
(たぶん、私は年をとっていないのよね)
大人の姿で十五年前に回帰したセシリア。本当なら八歳の子どもになる予定だったのが、体年齢は二十三歳のままだった。
(このまま年をとっていったら、実年齢二十三歳になったときは三十八歳になっちゃうもの)
だからだろうか? セシリアは老けることなく生きていた。
一年、二年では確信できなかったが、さすがに五年も経てば、わかる。
実年齢と体年齢が同じになれば、その後は年をとっていくのだろうと思っているが……確信はなかった。
(不老不死とか、勘弁してほしいんだけど……あの神さまの言う「幸せ」だと、あやしいのよね)
この町で拠点としている宿に着き、ボーッと考えていれば、ドンと音を立てて目の前のテーブルに料理の皿が置かれる。
「ほら、さっさと食べて」
どこの有名カフェのギャルソンかと思うようなエプロンの似合う青年が、ぶっきらぼうに勧めてくるのは、ミートソーススパゲティだった。ポテトサラダとプリンのデザート付きで、出来映えは三つ星レストラン並み…………なんじゃないかな?
前世のセシリアは、そんなところに縁がなかったから知らないのだが。
エゼルウルフは、料理の腕前を五年前より格段に上げていた。
「うわっ、美味しそう! エルも一緒に食べましょう。早く、早く!」
あっという間にテンションを上げたセシリアは、スプーンとフォークを握りしめて叫んだ。
「シアがボケッとしていて遅くなったんだろう。まったく、もう」
文句を言いながらもエゼルウルフは、自分の分の料理を運んでくる。
ドカッと座って食べはじめた。
お行儀悪そうに見えるのだが、彼の食べ方は綺麗だ。
(さすが王子さまってところかしら)
少しも口を汚すことなくミートソーススパゲティを食べるエゼルウルフに、セシリアはしばし見とれてしまう。
ハッと我に返り、自分も食べはじめた。
「う~ん! 美味しい。もうっ、エルったら天才!」
「褒めてもなにもでないぞ」
「この料理が食べられるだけで十分よ。ホント、エルは正真正銘の天才よね」
パクパク食べながら褒めちぎるセシリアに、エゼルウルフも満更でもないようだ。
口元を緩めながら食べていたのだが…………ふと、真顔になった。
「……違う。本当の天才はセシリアの方だよ。俺なんかまだまだだ」
五年の間にエゼルウルフの一人称は「僕」から「俺」になった。あと言葉遣いもかなり砕けて、可愛らしさと一緒に丁寧さがなくなった。成長とともに自然と変わっていくものだから仕方ないとは思うのだが、なんとなく「僕」呼びしていたエゼルウルフが懐かしいセシリアだ。
「違うわよ。私なんて力でごり押しするしか能のない人間だもの。こんな料理が作れるエルの方が何倍もすごいわ」
「ドラゴンを瞬殺するような冒険者に言われてもな」
「ドラゴンくらい、エルならすぐに倒せるようになるわよ。実際に倒したこともあるじゃない」
「あれは、ほとんどシアが倒したようなものだ」
「最初から最後までエルひとりで倒すことだって可能よ。少なくとも私がこんな料理を作れるようになるより、ずっと簡単だと思うわ」
セシリアは、胸を張って断言する。
エゼルウルフは、フッと笑った。
「そんなわけないだろう? ……ああ、でもたしかにシアが料理を作れるようになるのは、想像できないな」
「なっ! ひどい」
「ひどくはないさ。事実だからな」
食事をしながらポンポンと、ふたりは言葉を交わす。
やがて――――。
「もうっ! そこまで言うなら勝負よ! 私が料理を作れるようになるのが早いか、エルがドラゴンを単独で瞬殺できるようになるのが早いか!」
「プッ……なんだよ、その勝負?」
「いいから、勝負ったら勝負よ! 絶対負けないんだから」
互いを天才だと褒め合っていたはずなのに、いったいなにがどうしてそんな勝負をすることになったのか?
さっぱりわからないが、こうなったセシリアが意見を曲げることはない。
「ハア~、わかったよ。勝負でもなんでもするから、早く食べ終えろ」
「絶対、絶対だからね!」
この日から、謎の勝負がはじまったのだった。




