閑話:書籍化ハードモード
慣れない書籍化作業を続け、4ヶ月に1冊のペースで次の巻を出す。
『魔術師の杖は』1巻発売時、すでに6巻までのプロットが出来上がっていた。
「4巻は3巻の売れ行きを見て」
先に4巻の原稿を出版社に渡した。3巻は2022年1月発売。
冬場は本業が繁忙期で、結果を待つ余裕がない。発売日もコロナ対応に追われていた。
それでも原稿が手を離れたことで連載に集中できるのは嬉しかった。同僚にも感染者がてて人手不足のなか、限界ギリギリで業務をこなし、家に帰ればなろうを更新した。
3巻の発売直後の2月に連載していたのは、『秋の対抗戦』……6巻でクライマックスとなる場面だった。
主要キャラが入り乱れての大混戦だ。ロシアのウクライナ侵攻が勃発し、反戦の願いもこめて書いた。
「本当の戦争は絶対に起こらないほうがいい」
ファンタジーでも首が飛んだり、死体が転がったりする描写は好きじゃない。竜騎士団と魔術師団のガチバトルだったけれど、血なまぐさいものにはしたくなかった。
なろうでも反応がよく、夕暮れの光に照らされた竜騎士ライアスとネリアがドラゴンに乗る表紙は、販売サイトでも新規読者さんを続々と呼びこんでいた。
何よりも自分が書きたい。
「あと少し…連休に入れば休めるから」
けれど原稿を書いてる最中に私は倒れた。
結局4時間嘔吐が止まらず、救急車で運ばれ点滴を受けた。そこも人手不足で野戦病院の様相だった。
「こんな時にすみません」
「医療従事者あるあるですよ。自分のことは後回しになりますね」
(いや原稿書いてただけです…)
クリエイターあるあるで、興が乗っていると止められないのだ。止まりたくないし、止まらない。結果として限界を超えて突っ走る。ただ本業でも疲労がピークに達していた体は耐えられなかった。
明け方には回復したものの、療養中に残り数話を書き上げ休養に入った。
言い訳をさせてもらうと、職場でも全員が次々に体調を崩し、私が倒れたのは最後のほうだ。自分でもよく粘って持ちこたえたと思う。
「書籍化ハードモードだな、これ」
家族にも心配をかけたし、だいぶ反省した。
それだけ頑張ったにもかかわらず、3巻は続刊の基準は満たしたものの、1巻発売時より売り上げを落とした。
落ち込む私に編集長が告げる。
「3巻だけでなく、1巻を買われた方が続けて2巻も読まれています。きちんと読者さんを獲得した証拠です」
2巻やそれに続く3巻が、1巻より売れることはないのだ。読者さんが増えて行かなければ、続き物は先細りだ。
新刊発売時は、出版社も新刊だけでなく、既刊の動きも注視するのだということを、デビューして1年もたたないうちに知れたのは、幸運なことだった。
3巻なら1~3巻を、5巻なら1~5巻を一気に読ませるつもりで準備する。巻を重ねるごとにハードルは上がる。
話の構成や組み立てを、なろうの連載から工夫するようになった。
2025年になり、他の出版社で本を出した作家さんが、こう嘆かれるのを聞く機会があった。
「新刊を出しても『既刊が動かない本は宣伝する価値がない』と言われるんだよ」
それを聞いても「やっぱりな」と思っただけだ。
4巻が6月発売と決まり、4月から制作開始することが決まる。3月中はゴロゴロして過ごした。同じ年にデビューした桜瀬先生の訃報を聞いたのはこの時。ショックだった。自分も倒れただけに、他人事ではなかった。
当時はコロナ禍で書店への客足も途絶え、新刊が次々に打ち切られ、本の完成前後に体調を崩す作家さんも多かったのだ。
今はそこまでの悲壮感はないように思う。当時1〜2巻で打ち切られた作家さんも、新作を書かれてどんどん復活されている。
ただ再出発には最低でも2年ぐらいかかる。最初のデビューから売れる作家さんは少ないが、それでも売れるにこしたことはない。









