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婚約破棄された少女は、教師になった

作者: 紡里

 王立学園では、冬期休暇前のパーティーが開催されていた。

 一年生はここで初めてドレスでの参加を許されるため、とても気合いが入っていた。


「ウィンストンさん、今回はワインをこぼさないようにね」

「パジェレスさん、また他人のドレスの裾を踏んだら、冬期休みにスクワット五十回を宿題に出しますよ」

「スミスウッドさん、爵位を上から順に言いなさい。そう、あなたは男爵家。上の方に粗相をしないように。

 平等というのは、授業中の発言を萎縮しないよう、テスト結果は爵位を気にせず全力でというお話です。社会で通用しないマナーなら、学園でも許されませんよ」


 くどくどと、各教員が要注意生徒を見つけるたびに注意する。



 一年生たちは、楽しみに水を差されたかのような顔をした。


 上級生たちは、それを見て「まだまだ子どもだね」と囁き合う。

 去年か一昨年の自分たちを見ているようだ。

 親の目から解放されて、大人になったつもりの子どもたち。

 自分の行動がどんな意味を持つのかを知る、良い機会だ。



 飾り気のない姿で生徒たちに指導して回る教員が、今回の主人公だ。

 生徒だった頃に、このようなパーティーで婚約破棄をされた。

 今よりもっと女性の立場が弱く、結婚できなければ修道院しか行き場がないという時代だった。



 さて、パーティー会場に戻ろう。

 学園の生徒だけのパーティーなので、婚約者が年上だったり年下だったりする生徒は、別のパートナーを選ぶことができる。

 それが、一部の学生たちを浮ついた気分にさせるようだ。


 ここでパートナーを組むのをきっかけに、交際を始める者がいた。

 お互いに婚約者がいないのならば、問題はないのだが……。



「もう我慢できない。婚約破棄だ!」

 そう、叫び声があがった。


「またか」とうんざりする者、「待ってました」と目を輝かせる者、さまざまだ。



 叫んだ男子生徒をざっと教員が取り囲む。

「婚約破棄、解消、白紙撤回の違いを理解していますか?」


「婚約を解消する前に浮気をしたら、あなたと浮気相手の双方に慰謝料が発生しますよ。

 浮気相手である男爵令嬢、その覚悟はおありですか?」


「紳士たる者の心得を理解していないこと、先生は悲しく思います」



 この手のことをやらかす子どもたちは、押し並べて想像力が足りない。

 言い訳も似たような、聞き飽きた台詞だ。



 曰く、相手が悪い。

 愛し合う者が結ばれるべきだ。

 自分は悪くない。


 さらに悪質なのが、叱られたくない一心で、その場しのぎの嘘を吐くこと。

 相手が悪くなければ、「悪い」と責められるように冤罪をでっちあげる者もいる。それはもう、詐欺師のやり口。犯罪だ。


 そのような者たちを矯正してこそ、教育者だという意見もある。

 だが、十代半ばまで育った者の性根を変えるのは、至難の業ではないだろうか。

 成功例もあるだろうが極めてまれで、効果が見られず、他の生徒たちに迷惑をかけるだけで終わることも多かった。



「伯爵令嬢。この婚約者を見限るのであれば、親御さんにこの場での彼の無礼を証言いたします。

 必要な場合は、次の冬学期が終わるまでにおっしゃいね」


 伯爵令嬢は涙を拭いて、うなずいた。

 きっと、両親と相談してこれからのことを決めるのだろう。



 教員たちが味方になってくれないと気付いた、婚約破棄男と浮気相手。

 他の生徒たちにも遠巻きにされ、所在なく立ち尽くしている。



 家系図の見方や歴史の調べ方を学ぶ「家門学」の教師が、二人に近づいた。

「あなたたちは彼女を笑いものにして、自分たちの要求を通そうとしましたね。

 とても稚拙な、穴だらけの、婚約という契約に対する敬意を欠いた状態で。

 もし、冬学期もこの学園で学びたいのなら、冬期休暇の間に反省文を書いてきなさい。

 それぞれの家のご当主宛には、学園から報告させていただきます」


「そんな……」女生徒は、口元に手を当てて、涙を流した。

「先生、待ってください。父上に告げ口するのはやめてください」

 男子生徒は教師よりも背が高く、威圧するように声を荒げた。


 男性教員がそこに割り込む。

「思い通りにならないから女性を脅そうなどと、救いようがないな。

 それに告げ口ではない。我々には、保護者へ報告する義務があるのだ」



 社交術の教師がパンパンと手を叩いて、注目を集めた。

「しっかりご覧になりましたか? まったくエレガントではありませんね。

 彼らはここが何のための場かを考慮せず、自分たちの欲望のままに、周りを利用しようとしていました。

 自分たちが何を望み、どのような手段を取るのが最善か……それを把握しないと、このように無様な姿を披露することになりますよ」


 すでに教師たちは二人を切り捨て、教材にし始めている。


 契約を専門とする法律の教師が、生き生きと話し出した。

「では、冬学期が始まったら、最初の授業は『婚約の意味と破棄した場合』といたしましょう」


 新鮮な教材に、生徒たちも興味を引かれている様子。

 退屈な条文を暗記するのではなく、どんなときに使えるかという授業なら大歓迎といったところか。




 教師たちがこんなに強気でいられるのは、学園長が替わったからだ。


「転校していくなら、転校してくれて構わない」と新しい学園長は、着任の挨拶で言い放った。

 その後で、貴族の義務と権利をはき違えた生徒が数名、すでに学園を去っている。

 自分の家からの寄付金がなくなって、困るのはそちらだと捨て台詞を吐いた保護者もいた。



 教員たちの会議で中退者を出すことに反対意見も出たが、「そのような者は卒業後にも同じことをして、学園の評判を下げる」と学園長は譲らなかった。

「それを矯正するのが教師だ」と食い下がるので、その教師たちに学園長は問いかけた。

「では、矯正できた生徒の名前を挙げてください」


 一人の名前も挙がらなかった。

 理想を述べた教員ほど、生徒に向き合わず、自分の理想論を押しつけるタイプだった。だから、当然の結果とも言えた。



 理想を高く持つのは素晴らしい。

 しかし、現実との折り合いは必要だ。



 更に、学園長は「怒鳴り込んでくるような親がいたら、そんな家は長く保たないから切り捨てていい」と微笑んだ。

 学園長が裏で手を回して没落させるのかと震えたけれど、そういう話ではなかった。


「誰だって、物事が上手くいかないことがあるだろう? そういう時に手助けしてくれる人がいるかいないかで、人生は変わる。

 なんでも人のせいにするような人間を、助けようとする人は少ない。

 短期的に見れば強引に好きなように生きているように見えても、いつの間にか消えてくよ、そういう輩は」



 質の良い卒業生を出すことで学園の名を上げればいいと、学園長は笑っていた。


 この人は、教育者というより経営者なのだな、と当初は不安を感じた。




 今でも学びの場から、不出来な生徒を切り捨てて良いのかという葛藤はある。

 だが、能力が足りないなら寄り添えるが、性根が腐っている者は周りに害を与える。

 仕方ないと、いつか割り切れるだろうか。


 事実、学園長が替わってから、学園の雰囲気が良くなった。

 生徒たちもやる気を見せているし、問題が起きたときに教員同士で相談して解決しようという活気が出てきた。


「どうせ変わらない」という無力感が、いつの間にか消えていた。




 私が学生の頃にも、こんなふうに教師たちが動いてくれたら……と思う日がある。

 婚約破棄をされて、嘆き悲しんだ学生時代。

 相手の予言通り結婚せずに、教員の道へ進んだ。


 けれど、自分が不幸だとは思わない。


 私から婚約者を奪った女は、彼に借金のかたに娼館に売られたそうだ。それを聞いたときは、「婚約破棄されてよかった」と心から思った。


 婚約者本人も裏社会の重鎮のお怒りを買って、行方知れずらしい。幹部の女に手を出したという噂に、相変わらずだと呆れるばかり。




 卒業後に婚約者と結婚し、子どもに恵まれている友達を見て素敵だなと羨ましく思うこともある。

 けれど働いて、自分の好きなように生きるのも、素敵だと思う。


 どちらにも幸せがあって、どちらにも苦労がある。


 休暇中には友人と旧交を温め、冬学期になったら張り切って授業をしていきたい。

 理解しやすいよう、どんな図を描いて、どこから説明を始めたらいいだろうか。



 もし、あの二人が反省してきたなら、そのときは、どう変われるか一緒に考えよう。

 自分が何を失ったのかを理解できたら、必死に挽回しようとするはず。


 頑張って、と心の中でエールを送った。


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