06-04. 解決はしたけれど
『横領と国家反逆の罪により、首謀者ルブラン・ハガードから爵位を剥奪。斬首とする。
犯罪に関わった者は、鉱山における終身の苦役に処す』
──この処罰が発表されたのは、新年が明けてすぐの頃だった。
王国北方の横領事件は、暫く王宮を騒然とさせた。
◇◇◇
いくつもの領地にまたがる、大規模な横領事件。
一連の事件を解決に導いたのは、頼れる上司の代名詞──フェルメ様だった。
彼の手腕は、素晴らしいの一言。
信頼できる部下を揃え、迅速に証拠を洗いだし、王国上層部を説得し、騎士団を密かに動かすという、八面六臂の仕事人ぶりを見せつけたのだ。
この一件で、元々高かったフェルメ様の評価は、さらに強固なものとなった。
首謀者は予想どおり、北の領地のまとめ役・ハガード伯爵だった。
事件公表と同時に、フェルメ様はハガード伯爵や仲間に証拠を突きつけ、退路をふさいで一気呵成に追いつめた。
彼らは抵抗らしい抵抗も出来ず、一網打尽にされたという。
ハガード伯は横領の罪で極刑に処され、他の協力者もそれぞれ裁きを受けた。
そして事件は、一応の決着をみた。
事件が発覚してから暫くは、王宮は蜂の巣をつついたかのような大騒ぎで、その噂で持ちきりだった。
それを横目で眺めながら──
私は表向き、「何の関わりもないです」という顔をして、完全に無関係を装っていた。
裏では、事件の進捗をまめにチェックしてたけどね。
確かに、事件発覚に寄与はした。
でも、それを人に吹聴して、自分の手柄にしようとかは、全く思わなかったのである。
まず目立ちたくない。
ピヨピヨひよっこの私がこれを発見したのも、単なる巡り合わせにすぎない。
ライヴァルト家への冤罪を防げたのは心底良かったと思うけど、それだけだ。
私はもう、"悪女"の頃とは違う。ちょっとの事で調子に乗ったりしないのだ…………!
しかし……一件落着、と思いきや。
念のため、ハガード伯の罪状を読んで、私は思わず二度見した。
あまり取り沙汰されてないが、見過ごせない点があったからだ。
彼らは、横領した金で、武器や食料を買いあさっていたという。まるで紛争を予期したかのように。
それだけでも不穏だが、金の一部はウルギークにも流れていた、というのだ。
これは偶然なんだろうか……
でも、偶然にしては出来すぎている。
ジーク先輩の実家に濡れ衣が着せられた横領事件。そして、かつて起きたウルギークの侵略。
この二つは無関係だと考えていた。でも、自分の感覚に従えば、関連性があると考えた方が妥当だ。
もしかすると、国内にはウルギークの協力者がまだ潜んでいるのかも……という疑念までがむくむくと湧いてくる。
確証はないけれど……だからこそモヤモヤする。
事件の調査はまだ続いているので、続報を確認しておかなきゃね……
それとは別に、処刑に関しては、やっぱり複雑な心境だった。
告発しといてなんだけど、私だって全然立派な人間ではない。それどころか、前回人生はやましい所だらけだ。
ギロチン経験者としても、処刑は可哀想……と思ってしまう。
ただ同情した所で、仕方のない話ではある。
せめて、苦しみが長く続かなかった事を祈るばかりだ。
◇◇◇
…………さて、突然ですが。
今日、フェルメ様にお食事に誘われました。
お誘いの理由は、「事件の報告とお礼がしたい」という、ごくビジネスライクなもの。
でも、正直気が重い。寮で本とか読んでいたい。
王宮屈指のシゴデキなフェルメ様は、ご令嬢方や、王宮の女性たちから非常に人気が高い。
主に、現実的な結婚相手という意味で。
もしかしたら、キャアキャアしたいファンが多いジーク先輩より実質的な人気は上かもしれない。
そういうモテる殿方と関わるのは、非常にめんどくさい。上司として尊敬はしても、それとこれとは別だ。
大体、事件解決の実務をこなしたのはフェルメ様である。別にお礼なんか要らない。
……と、一人でゴネてはみたものの。
上司の誘いを無下には出来ず、私は渋々誘いを受けたのだった。
フェルメ様とは、王都のレストランの個室で落ち合うことになった。
業務終了後、人目につかないように別々に向かう。私は王宮を出て少し歩き、待ち合わせていた馬車に乗った。
馬車が動き出すと、窓越しに王都の景色がゆっくり流れていく。
夕焼けに照らされた、赤い瓦と白壁の建物。街灯が灯る道。行き交う人々。
「…………綺麗ね」
つい声に出して呟く。
考えてみれば、前回人生も今の人生も、こんな風にただ風景を眺めた事はなかった気がする。
"悪女"だった頃の私は、いかに贅沢するかだけを考えていた。
今の人生は、勉強や仕事に必死で、まわりを見る余裕はなかった。
でも、こうして眺める王都の風景の、人の営みの、なんと美しい事だろう。
私は二回の人生を通して初めて、この美しい風景と人びとを守りたいと、そう願ったのだった。
レストランに到着し、奥の個室に案内される。フェルメ様は先に来て待っていた。
「ローエングリムさん、よく来てくれました」
「お誘いいただきありがとうございます、恐悦至極に存じます」
「はは、そんなに固くならなくても大丈夫ですよ」
着席して軽く挨拶を交わすと、和やかにコースが始まった。
上司と食事するのは初めてだが、前回人生で覚えたマナー通りにやっておけば、無作法と取られる事はないだろう。
せっかく来たからにはおいしいものを堪能しよう……と運ばれてきた料理を口に運ぶ。
一流レストランだけあってどれもおいしい。フェルメ様も気さくに会話してくれる。
思ったより肩肘張らずに楽しめてほっとした。なのに──なぜか、ジーク先輩の顔がふと浮かんだ。
いや待って。意味がわからない。
このタイミングで、なんで宿敵の顔を思い出すかな私。どうかしてる。
頭をブンブン振って、先輩のムダに綺麗な顔を意識から閉め出す。そしたら上司に怪訝な顔をされた。
「どうかしましたか?」
「いえ、何でもありません……!」
「食事が口に合いませんか」
「とんでもないです、おいしく頂いております」
「それなら良かった。ところで……本題なんですが」
上品に微笑した眼鏡上司は、改まって話を切り出した。
「今回の件で、君自身の功績を公表する意思はありませんか?」
「公表……ですか?」
「はい、最初に横領に気づいたのは君です。このままだと、僕が君の功績を横取りする形になってしまう。それが心苦しいのです」
言われて焦る。今さらそんなこと言われても困る。ていうか、それ絶対目立つし、あちこちからやっかまれるヤツでしょう……!?
絶ッッッ対、嫌だわ……!!!
「……いえ、名声など私には必要ありません。不正をただすのに貢献出来ただけで、十分満足しておりますわ。
それに、実際に尽力されたのは、フェルメ様や騎士団の方々ではありませんか」
ニコッと笑って言い切った。
私の言葉は、上辺を取り繕うための方便だ。
ひたすらギロチン回避のために動いてるだけで、そんな崇高な志があるわけじゃない。
でも、こちらの本音を知る由もないフェルメ様は、たいそう感銘を受けてしまったらしい。
「君ほど謙虚で、清廉な志を持つ文官は見た事がありません。なんて素晴らしいのか……!」
「あの………それほどでも…………」
気まずい。顔を輝かせる上司から目を逸らす。
高級魚のソテーをモソモソ口に運んでいると、ニコニコしていたフェルメ様は、ふと難しい表情になった。
「君がそう言うなら、事実は伏せておきましょう。ですが一応、身辺には気をつけてくださいね。
関係者はすべて捕縛されましたが、取り逃がした残党がいないとも限りません」
「……はい」
ごくん、と魚を飲みこんで、私は頷く。
──その忠告は、喉に刺さった小骨のように、チクリと心を刺した。
先輩の実家に冤罪がかかる可能性を潰し、ギロチン回避により近づいたつもりだったけど、別の危険を引き寄せる可能性については考えてなかったからだ。
「まぁ、この件で君が表に出ることはない以上、万が一残党がいたとしても、君が狙われる可能性は低いでしょう」
顔を曇らせた私に、フェルメ様が場をとりなすように言った。
以降は和やかな雑談に興じて、私たちは食事を終えた。
◇◇◇
そこから暫くは、平穏に日々が過ぎていった。
あまりに何事もなかったので、上司の忠告を半ば忘れかけていたけれど────そんな頃に、事件は起きた。




