06-03. 告発
そこから二日間、保管庫にこもって、ひたすら帳簿の数字合わせに専念した。数字を見すぎて、夜に数字オバケに襲われる夢を見るくらい入念に確認して──私はこう結論づけた。
やっぱり、帳簿の数字が合わない。
上納金の一部が、名目を変えながらあちこちにたらい回しにされ、翌年に繰り越されるはずが、きれいさっぱり消えている。
帳簿上の操作が始まったのは、およそ三年前。その間に消えた上納金は、合計するとそれなりの額にのぼる。
この金を懐に入れている悪党がいる。
王国の法律では、上納金横領の罪はかなり重い。最悪、処刑だ。
でも相手はそんなの承知でやってるはずだ。こちらが告発するにしても、狡猾に立ち回るだろう。
問題は「誰」がやったか、だけど。
丁寧に帳簿をさらった私には、うっすら犯人の目星がついていた。
おそらく……ルブラン・ハガード伯爵だ。北方領地のまとめ役で、金にがめついと評判の中位貴族。
消えてしまった繰越し金の帳簿は、すべてハガード伯爵の領地で作成されていた。
私にとって何より重要なポイントは、一連の帳簿上の操作がある方向性を持っていた事。
比較的目立つ数字の操作は、不自然に思えるくらい、先輩の実家に関連付けられていた。ジーク先輩の実家に疑いが行くように、わざと仕向けられているのだ。
発覚しても逃げきれるように、犯人は周到に手を打ったのだろう。
ここまでは突き止めた。だが焦りは禁物だ。
証拠が曖昧なまま先走ったら、私が反撃に遭うだけでなく、またジーク先輩の家族が犯人にされてしまうかもしれない。そうなったら元も子もない。
家族を処刑され、怒り狂った先輩が国を滅ぼしてしまう。
もしそうなったら……と想像して肝が冷えた。
今の私は、ド地味な新米財務官だ。
しかし、私の両親は有名な高位貴族。
今国が滅亡したら。
市中引き回しにはならずとも、両親は断罪されるかもしれない。私がそれに巻き込まれない、という保証はない。
つまり、ローエングリム家はギロチン回避できない可能性があるのだ。
……絶対にそれだけは嫌だ。
ライヴァルト家への冤罪は、何としても阻止しなければ…………!
焦りを抑えこんで、一度、深呼吸する。ここは丁寧に事を進めるべきところだ。
……正直にいうと、すべてうっちゃって投げ出したい。
横領事件に首を突っこんだが最後、濡れ衣を着せられるのは私になるかもしれないのだ、怖くないわけがない。
でも…………と、自分を奮い立たせる。
逆行前の私は、そりゃもう多くの人を不幸に陥れた。
その贖罪だと思って、頑張るしかない。
私は頭をフル回転させて、告発のチャンスを窺った。
◇◇◇
予算編成が終わって一週間。
財務部の忙しさも落ち着いてきた頃。
「フェルメ様、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
監査室の面々がほとんど出払っているタイミングで、私は上司に声をかけた。
「構いませんが……どうしましたか?」
上司は不思議そうな顔をした。
気持ちはわかる。
普段の私は、壁際に置かれた花瓶のように気配を消している。人との関わりも最低限。
そんな部下が、突然声をかけてきたら戸惑うだろう。
でも今は、"英雄"が国を滅ぼすかもしれない瀬戸際だ。花瓶になってる場合じゃない。
「ご相談したい件がありまして……」
「会議室に移動しましょうか?」
「いえ、地下の倉庫で見ていただきたいものがあるのですが……」
「ああ、帳簿が保管されてる場所ですね。少しなら構いませんよ」
彼は頷いて、眼鏡の奥でふんわり微笑んだ。
よーし、まずは第一関門突破!
あとは、彼を味方に引き入れるための説得力あるプレゼンだわ!!
────前回人生の、処刑直前。
牢番は私に、"英雄"が反乱軍に身を投じたきっかけは、家族に横領の濡れ衣が着せられたからだと言っていた。
となると、これらの帳簿はいかにも怪しい。
今回発覚した不審な記録は、いくつかの領地にまたがっていた。その中に、ジーク先輩の実家の領地も含まれている。
このままだと最悪の事態になるかもしれない。冗談ではなくそう思う。
去年の武闘大会で見せた、ジーク先輩の圧倒的な強さとカリスマ。その気になれば、彼は侵略軍を撃退し、国一つ滅ぼす事さえやってのけるのだ。
それを止めなければ、私に安定した未来はない。
とはいえ。
横領疑惑の告発とか、新人の私の手に余る。上の役職の人間を巻きこまなければ不可能だった。
「…………という訳なんです」
地下に移動して、帳簿を突き合わせながらまとめた資料をフェルメ様に説明した。
説明するあいだ、緊張で手が震えた。
彼は非常に頭脳明晰で、公正な人物として知られる。でも万が一敵にまわったら……とネガティブな考えがふとよぎる。
実際、"希代の悪女"から"地味財務官"に軌道修正した人間がいるものね…………誰とは言わないけど…………!
説明を終えてそっとフェルメ様を窺う。彼は腕組みをしながら難しい顔で深く黙考していた。
暫くして、彼はふっと息を吐いた。
「……………僕も、君と同じ意見です。不審な記録に関しては、詳しく調査すべきでしょうね。
また、ライヴァルト家に疑いが行くよう仕向けられているのでは、という指摘についても同様の印象を受けました」
それを聞いた私は、安堵のあまり膝から力が抜けそうになった。良かった……と打ち震える私に、フェルメ様は穏やかに続ける。
「新人の君には荷が重いでしょう。あとは私が引き継ぎます。君の立場は守りますので、どうか安心してください」
「ありがとうございます…………!!」
百点満点のアンサーだ……!
感極まって、思わずフェルメ様の手をぐっと握ってしまった。上司は「いいえ、君のお手柄です」と少し照れたような困り顔になった。
あぁ、後ろから後光が射して見えます。拝み倒していいですか………!
…………なんてふざけてる場合じゃない。
私はフェルメ様と細かい所を詰め、彼に全ての資料を託したのだった。
──それにしてもこの件、引っ掛かる点が多い。
今、王国は荒れていない。
なのに、不正は起きた。
"希代の悪女"に関係なく、横領事件が起きて、先輩の実家も巻き込まれかけたのだ。
これはどう解釈したらいいのだろう。
私が見えない所で、何かが起きている、という事なのかしら……?




