05-07. 先輩たちの学院生活の終わり
私にとって一つの正念場だった舞踏会は、大成功に終わった。
あれから暫く経った。
──舞踏会が終わった後の、学年末のこの時期、学院はいつもより人が少なくなる。講義が免除される四年生は、学院にほとんど来ないからだ。
その代わり、採用先で研修を受けるなど、卒業に向けた準備期間として活用されている。
そんな卒業シーズンを横目に、私は二度目の学年末を穏やかに過ごしていた。
気持ちが穏やかなのには理由がある。
ジーク先輩とレグルス殿下の卒業が、非ッ……常に嬉しいからだ………!
学院であの二人に会わないとなれば、私の心労はぐっと減る。二年かぶっただけでも相当神経を磨り減らした。
もし彼らが同学年だったら、元"悪女"といえど、ストレスでビン底眼鏡が割れてたかもしれない。
私は二人に、「卒業おめでとう」の気分でいっぱいだった。
そして、舞踏会から月が二巡りほどした春。
四年生は、卒業式の日を迎えていた。
いよいよ卒業式だ。
……といっても、在校生はいつも通りの講義である。
式に招待されるのは、四年生とその親族のみ。
講堂で開かれた卒業式は、滞りなく終わったようだ。外から歓声が聞こえる。
教室から園庭を見下ろすと、別れを惜しむ四年生や、卒業を祝う親族が、あちらこちらで集まっていた。
笑顔で肩を抱きあう生徒、感極まって泣いている女生徒。
みんな名残惜しそうにしている。
私のような究極ぼっちも、心温まる風景だった。
教室移動では、ジーク先輩が人だかりの中心にいるのを見かけた。でも特に声をかける事はしなかった。
表向きはあくまで他人だものね。
親しげに話す所を見られて、先輩のファンに刺されたりしても困る。
この日、"英雄ジーク・ライヴァルト"は学院を卒業した。
ついでに、レグルス殿下もあっさり卒業。
卒業後、ジーク先輩は希望どおり騎士団に入る。
座学はともかく、実技で過去最高の成績を修めた先輩は、今後の活躍が大いに期待されているらしい。
一度は王国を倒した元"英雄"である。実力はもう、折り紙付きだ。
次期国王たるレグルス王子は、国の中枢で経験を積んでいく事になるだろう。
彼の肩に、王国の未来と私の首がかかっているので、ぜひとも頑張っていただきたい。
ソニアを選んだ今の王子なら、簡単に悪堕ちはしないはずだ。期待してますよ殿下!
そうそう、ソニアといえば!
嬉しすぎる事に、彼女は無事レグルス殿下の婚約者に内定したのだ! わぁーい、ばんざーーーい!!!
彼女は学院と平行して妃教育も受ける事になったので、これから相当忙しくなる。
まあ、本人は幸せそうにノロケまくってるし、愛と根性で乗り切っていくだろう。何にせよめでたい。
……あらためて全体を見ると、おさまるべき所におさまった気がする。
ポンコツだった元"悪女"にしては、本当によく頑張ったと思うわ……
私なりの贖罪ではあるのだけれど、ギロチン回避計画で全員ハッピーになれるなら、それが一番だ。
先輩とは卒業後も会う約束をした。
私としては、元"英雄"の動向は気になる。とはいえ、無理に続けるものでもない。
先輩も忙しくなるだろうし、情報収集なら他にも方法はある。だから、ここで縁が切れても仕方ないかな、くらいに思っていた。
でも、ジーク先輩はわざわざ最終学期に学院に来て、これからは手紙でやり取りする事、可能なら休みの日に会う事を懇願してきた。
向こうがあまりに必死だったので、つい「分かりました、続けましょう」と頷いていた。
……うっかり絆されてる気がしなくもない。
というか、先輩は騎士団のエリートの卵である。学院の後輩なんかと遊んでる暇はないはずなのに、どんだけ友だちいないんだろう……
◇◇◇
──卒業式から、一週間ほど経った。
四年生はいなくなったが、学院はすっかり日常モードである。
私は学期末の試験に向けてせっせと勉強していた。
今いるのは学院の図書館だ。周りでは、何人かが私と同じように勉強したり、本をめくっている。
紙をめくるカサカサという音。字を書く時のペンの音。誰かがカタンと席を立つ音。
図書館という静かな空間だと、それらがいつもより大きく聞こえる。
少し集中が途切れた。
課題をする手を止めて、私はふと元"英雄"……ジーク先輩に思いを馳せた。
彼がもう学院にいないとなると、気苦労が減って嬉しいは嬉しいけど、何となくぽっかり穴が空いたような、しみじみした気分になってしまう。
学院を卒業した彼は、出世コースに乗った。
先輩が騎士団で重用されるようになれば、王国はますます安泰だ……!
私はペンをぐっと握って喜びを噛みしめた。
後はそうだなぁ……
守るべきものを見つけたら、先輩はより真剣に、仕事に打ち込むのではないかしら。
そう──たとえば、妻とか。
ジーク先輩は異様にモテる。
おそろしく見目が良い上に、バケモノ並みに強く、唯一無二のカリスマも兼ね備えた、非の打ち所のない若手騎士だからだ。
性格だって優しい。さらにエリート候補でもある。
ファンクラブの縛りからも解放され、先輩の元には、山のように縁談が押し寄せているだろう。
それに、先輩ってものすごく家族思いだ。
……結婚して子供なんか出来ちゃった日には、子のため妻のため、さらに職務に励む事だろう。
まかり間違っても、「国盗りしよう」なんて過激思想には至らないはず。
つまり先輩は、可及的速やかに妻を娶り、幸せに暮らすべきで────
………………………うん?
今何となくもやっとした……………ような?
どうしたのかしら。変ね、私。
……というか、結婚までけしかけるのはさすがに押しつけがましい。
うん、先輩の嫁問題はひとまず置いといて。
現時点の国が乱れる要素は、大方取り除けたと思う(原因はほぼ私だが)。
残る問題は、数年以内に起こるであろう、隣国ウルギークの侵略と、先輩の実家への冤罪だ。
ただ……侵略に関しては、国が内乱状態だったのが大きかったと思う。
現状では、隣国とのガチンコ勝負で、負ける要素はない。何なら、ウルギークを撃退した"英雄"もこっち側にいる。
それに、今は政治がきわめて安定している。
不正や職権乱用が横行しているという話も聞かない。
だから、先輩の実家に対する冤罪も起こらないのではないかと期待している。
……油断は禁物だけどね。
不確定要素があるとすれば、"悪女"から同類認定された、ファトマ筆頭公爵あたりだろうか。
頭も顔も良くて、魔法も使えるハイスペ王族なのに、彼の黒い噂は絶えない。
……しかし、公爵は社交や人付き合いが控えめで、情報自体が少ない。判断材料に乏しいのだ。
まあ、この辺りは今考えても仕方がない。
まずは目の前の試験で、いい成績を残す事の方が大事だろう。
私は本に目を戻し、勉強を再開したのだった。




