05-05. 決戦と罪滅ぼし
馬車に揺られて学院に向かう。
重厚な門をくぐると、華やかな装いの生徒たちが講堂に向かってそぞろ歩いていた。
車寄せに停車した馬車から、まずは私が下りる。
次にソニアが地面に降り立った瞬間、周りが一斉にざわついた。
……そうでしょう、そうでしょう。うちのソニアは綺麗でしょう!と内心大きく頷く。
今日の彼女は、ひらひらと春に舞う蝶のような、たいへん可憐な装いだ。
瑞々しい薔薇のような顔に、品よくハーフアップに結った艶やかな栗色の髪。
ドレスは繊細なシフォンを幾重にも重ねたオフショルダー。色は、胸元から裾にいくに従って、パールホワイトのような淡い白から、華やかな黄色へと変化していく。
伏せられたまつ毛は長く、楚々とした仕草は、少女というより淑女と呼ぶ方が相応しい。完っ璧だ。
そしてソニアの隣にいるのは、クソデカ眼鏡のこの私。
今日の私は、ソニアの引き立て役。見苦しくない程度に整えてきたけれど、相変わらずのド地味。
グレーのドレスにきっちりしたまとめ髪という、華やかさの欠片もない装いである。
ともすると侍女に間違われそうなくらいの地味さだけど、それでこそ意味がある。
今日の私は、主役のソニアがレグルス王太子を射止めるための、いわば舞台の黒子なのだ。
会場の注目を一身に浴びて、ソニアが会場に入っていく。それから、四年生でもっとも身分が高い、レグルス王子が入場した。
しばらく二人で大人しく機会をうかがっていたが──ついにチャンス到来。
ダンスが始まる前の歓談の時間。私は、さりげなく王子の近くを通りかかるよう、ソニアに小声で指示した。
「今です、さぁ行って」
「ええ」
大丈夫。ソニアの表情は落ち着いている。
彼女はゆったりとした足取りで、会場を横切っていく。
そして私は見た。
誰もがため息をつくほど可憐なソニアに、王子の目が奪われた瞬間を。
視線に気づいたソニアが、王子にはにかみながら微笑みかける。視線が絡まって、後は時間が止まったかのようなめくるめく二人の世界が展開されていく。
────私はその様子を、会場の片隅からしかと見届けていた。
◇◇◇
「ジーク先輩、ご覧になりましたか!? 計画は大成功です……!!」
「うん、そうみたいだね……」
ひと気のないバルコニーで、私とジーク先輩は落ち合った。テンション高めの私とは反対に、先輩はひどく憔悴して疲れきっている。
それはそうだろう。
ジーク先輩は、ソニアのライバル達に対する強力な押さえの切り札として、予想以上の大活躍をしてみせたのだから。
────王立学院は王府の運営だけど、貴族からの寄付も募っている。学院への寄付は貴族にとって一種のステータスでもあった。
さらに高額寄付した場合、学院のイベントに本人や家族、子女を参加させる事が出来る。
ここまで言えばお分かりだろう。
今年の舞踏会は戦場だ。未婚のレグルス王子目当てに、令嬢方がこぞって参加すると予測されていたわけだ。つまり、ソニアのライバルたちである。
そのため事前調査を行って、ソニアの対抗馬になりうる何人かの令嬢に目星をつけた。
最終的に絞りこんだのは、ラズリール家のエリス嬢、ヨラン家のフィーネ嬢、そしてパルファン家のアレクサンドラ嬢の三人。御三方はいずれも美しく、高貴な家柄の出身で、王太子妃として十分な資格を持つ方々である。
ただし彼女たちに浪費の悪癖や、度を越した我が儘がある事も調べがついていた。
そこで私は──"最終兵器ジーク先輩"を投入する事を決めた。
先輩にはこう頼んだ。「三人の令嬢に笑顔を振りまいて、骨抜きにしてほしい」、と。
人見知りの先輩に無茶振りして、申し訳ない気持ちもあったけど、背に腹は代えられない。
"悪女"のような女が王太子妃になったら、困るのは私だけではない。
国が傾けば多くの人が不幸になる。それを私は身をもって知っている。
この役目を任せられるのは、ジーク先輩をおいて他にいない。そして期待に違わず──彼は、大役を演じきった。
目が合ったエリス嬢に甘い笑顔を振りまき、フィーネ嬢のドレスを「よくお似合いですね」と誉め、アレクサンドラ嬢の手を取って、その指先にキスまでしてみせたのである。
さすが元"英雄"。覚悟を決めたらキッチリやる男だ。
先輩がレアな笑顔を惜しげもなくキラキラと振りまいたおかげで、ソニアのライバルはおろか、会場で生徒が羽目を外さないように目を光らせていた年配の女性教師までもが、目をハートにして虜になっていた。すごい。
そうやって、先輩が数多の女性参加者をことごとく引きつけていた隙に、可憐に着飾ったソニアが、本命レグルス王子の心を華麗にかっさらった、という寸法である。
計画が大成功だったのは、影の功労者ジーク先輩のおかげだ。ソニアとジーク先輩は犬猿の仲だけど、ソニアはもう先輩に足向けて寝られないと思う。
──ソニアは今、華やかな会場の中央で、レグルス殿下とダンスを踊っている。
彼女が王太子妃になれば、この国は安定するだろう。国庫を空にするような"悪女"ではなく、まともな感覚を持つ、愛情に溢れた王太子妃が次期国王を支えるのだから。
これで国家滅亡が避けられるなら、どんな努力も惜しむつもりはなかった。
ちなみにこの計画は、私自身の罪滅ぼしの意味もある。
前回人生の私は、反乱軍に攻め込まれた王宮と夫のレグルス王を捨てて、一人で逃げようとした。
結局、王は反乱軍の"英雄"に討たれ、私は捕らえられて広場で処刑された。
私はそれを海より深く反省していた。
殿下とソニアと引き合わせた事で、かつての罪が帳消しになるとは思わないけれど、今回こそ、レグルス王子に幸せになって貰いたかった。もちろんソニアにも。
それは偽りのない、私の本心だ。
そうする事で私の首が繋がって、両親が長生きできるなら、一石四鳥くらいの価値がある。
国がまともになれば、ジーク先輩の家族が冤罪で処罰される可能性も低くなる。
良いこと尽くめなのだ。
けれども、最大の影の功労者───ジーク先輩は、すっかり消耗した様子で、くたりとベンチに座りこんでいた。
なんか色々──ごめんなさい。




