05-04. 舞踏会、出陣
お待たせしました、連載再開いたします。
全45話の予定が47話に増えてます。
去年、先輩が赤点を取って落第しそうになったのを覚えているだろうか。
あの時、私は先輩の勉強を見てあげた。
私のスパルタで追試をパスした先輩は、私に「お願いを一つ聞く」と約束した。
私はそれをずっと保留にしてきた。
ここぞという時のためにだ。その約束を使うのは今しかない。次の舞踏会で、私は、使えるものを全部使って、大きな賭けに出るつもりだ。
──舞踏会は、学院の冬の一大イベントである。そこを目標に、私は綿密に計画を立ててきた。
総仕上げとなる舞踏会当日、私は満を持して、最高の切り札「ジーク先輩」を投入する予定だ。
ただし、一つ問題がある。
私の頼み事は難易度が高く、さらに、先輩が苦手とする分野だ。
受けてくれるかは五分五分だろう。
ダンスの申込みを快諾したのは、ジーク先輩を説得しやすくするための取引でもある。
先輩が頼みを引き受けてくれるなら、ダンスの一つや二つ、喜んで踊りましょうとも!
「お願いって何……?」
無理難題の気配を察したのか、先輩は明らかに警戒の色を見せた。ふふふ、なかなか勘がいいですね。
胡乱げな顔をしている先輩に、私は詐欺師のようなうさんくさい笑顔を向けた。
「実は……パーティ当日、先輩のキラキラ貴公子スマイルで、足止めしてほしいご令嬢が三名ほどいるのですよ」
「足止め……? それはレグルス殿下と関係あるの?」
「あると言えばありますね」
「……………………」
先輩の綺麗な顔に苦悩が浮かぶ。
相当迷ってる。気持ちはわかる。先輩、ぼっちでシャイだから……
それでも、先輩には協力して貰わねばならない。でないと私の計画が狂う。
もうひと押し必要かもしれない、と私が口を開きかけた時だった。
先輩は「……最初から分かってたけど……キツいな……」とか何とかブツブツ呟いたかと思うと、キリッとした顔を上げた。
「…………ダンスは必ず受けてくれるんだよね?」
「ええ、先輩が私の頼みを受け入れて下さるなら。ただし、踊るのは人目につかない場所でお願いします」
「……分かった。君の頼みを引き受けるよ」
よぉし! 先輩が引き受けてくれたわ!
私の計画は、半分成功したも同然だ!!
嬉しくなって、思わず笑顔で手を差し出した。
「ありがとうございます、ジーク先輩!」
「君って、本当に罪作りだよね……」
「え、どういう意味ですか?」
「何でもない」
手を差し出したままキョトンとしていたら、先輩はおざなりに握手して、悩ましげなため息をついた。
なんだか無駄に色っぽい。私の心はびくともしないが。
「その駄々もれの色気、本番で足止めする令嬢方のために、出来れば取っておいてください……」
「ちょっと何言ってるのか分からない」
計画が成功するかどうかは、先輩の働きにもかかっているのだ。本当に頼みますよ……!
◇◇◇
それから暫くして、学院は滞りなく冬の学期末を迎えた。
年が明けてからの最終学期、四年生はほとんど学院に来なくなる。その期間は、卒業に向けた準備期間であり、講義も設けられてないからだ。
つまり四年生にとっては、学生最後のイベントが舞踏会となる。ここで成立するカップルも少なくない。
舞踏会は、四年生以外の下級生も参加できるけれど、私には全く縁のないイベントだった。
去年までは。
……だが今年は違う。
私や王国の命運を賭けた、天王山。
気合いも入ろうというものだ。
様々な思惑が交錯しつつ、入念に準備して──ついに迎えた、舞踏会当日。
「ソニア! 一気に行きますよ!!」
「ええ、ひと思いにやっちゃって!!」
「マリア、タイミング合わせるわよ! せーのッ!!」
わがタウンハウスは、さながら戦場のような様相を繰り広げていた。
雑然とした部屋。戦いに赴く戦士のように悲壮なソニア。そのコルセットを二人がかりで締め上げる、マリアと私。
ソニアは「ぐえっ」と乙女にあるまじき呻き声を上げたが、手心を加えるわけにはいかない。
これは美を極めるための試練なのだ。
優雅な白鳥だって、水面下で必死に足を動かしている。ソニアにも耐えて貰わねば。
……まあ、私はゆるゆるのコルセットで行くんですけどね。ド地味な優等生で良かった、本当に!
ソニアのコルセットをきつく締めた後は、この日のために用意したドレスを着せ、丁寧に髪を結い、華やかかつ清楚な化粧を施す。
完成したら、あらゆる角度から彼女が完璧な淑女であるかをチェックした。
何度も入念に確認し、私はようやくゴーサインを出した。
「完成です! とっても綺麗ですよ、ソニア」
「ありがとう」
はにかむように微笑むソニアは、ものすごーくかわいい。まさに天使だ。
よほど特殊な好みでなければ、男子は一発で心臓を撃ち抜かれると思う。
奇抜で個性的なファッションで武装していた少女は、サナギから蝶に変わるように、清楚な美人へと変身した。
涙ぐましい努力があったのを知ってるだけに、感動もひとしおだ。もはや戦友のような友と、真剣に向かいあう。
「さて、本日ついに決戦当日と相成りました。あなたが今まで鍛えに鍛えた、"清楚な乙女"という武器で、レグルス王太子殿下の心臓を鷲掴みにするのです!」
「ええ、必ずや殿下を虜にして見せるわ。見ていてね、アデル!」
「…………お嬢様、お時間です」
手を取って決意を確かめ合い、盛り上がった所で、無表情なマリアが冷静に急かす。
マリアは昔から空気を読まない。
「あら、もうそんな時間なのね。では行きましょうか、ソニア」
「やだ、緊張してきたわ……」
「大丈夫、自信持ってください。今日のあなたは誰よりも綺麗ですから。ねえマリア?」
「ええ、今日のソニア様は、まさに妖精のようですわ」
「そ、そうかしら。ありがとう」
マリアは大体無表情だから信憑性がいまいちだが、ソニアは素直に頷いた。
「マリア、今日は支度を手伝ってくれて本当に助かったわ。どうか、あなたも成功するように祈っていてね」
「もちろんでございます、アデルお嬢様。ソニア様の恋はきっと成就なさいますよ」
「うんうん。では、いざ出発!」
気合いを入れて階下へ降りると、屋敷の前の車寄せには既に馬車が待機していた。「行ってらっしゃいませ」と深々と一礼するマリアに手を振って、私たちは馬車に乗りこむ。
いよいよ出陣だ!




