05-03. 勝利と友情記念
試合は順調に進んでいく。
私はいつしか真剣に観戦していた。
見た感じ、どの試合も、実力はほぼ拮抗している。
だが──ジーク先輩の強さは、圧倒的に群を抜いていた。異次元といってもいい。
次の試合も、最初の試合同様に瞬殺だった。相手の武器をはね上げ、地面に転がして、心臓の上に剣を突きつけていた。
レベルが違いすぎる。
これほどの実力差があるのだ。一年の頃から優勝していたというのも、納得しかない。
三試合目。
開始のコールから、ほんの一瞬。
先輩はおそろしい速度で間合いを詰め、相手の喉元に剣を当てていた。
客席から、ひときわ大きな声援が上がる。ファンクラブの方々も、気合いの入ったダンスで大盛り上がりだ。
でも──客席の熱狂とは裏腹に、私の心は冷えきっていた。
ジーク先輩は私の潜在的な敵だ。
とんでもない強さを見せつけられ、怯えずにはいられなかった。
体から急速に熱を奪われていくような感覚。人外じみた強さを目の当たりにするほど、手の震えが止まらない。隣のソニアに気づかれないよう、ぎゅっと拳を握る。
──そして始まった、決勝戦。
「はじめ!」
耳が痛くなるほどの声援を、まるで紙のようにすっと切り裂いて、
キン、と涼やかな音が響いた。
気がつけば、一本の剣が、場外の土の上に突き刺さっていた。
先輩は、澄んだ湖のような瞳で愕然としている相手を見据え、静かに剣を下ろす。
一試合目と同じ展開。目にも止まらぬ速さで、相手の剣を弾き飛ばしたのだ。
それに気づいた時には、客席の興奮は最高潮に達していた。
「優勝、ジーク・ライヴァルト!!」
無意識に詰めていた息を吐く。
深く一礼した先輩は、ふと、誰かを探すように視線をさまよわせた。客席をさりげなく見回した彼と、何となく目が合った……気がする。
でも、やっぱり気のせいかもしれない。先輩の立ってる場所はかなり距離がある。
と、凪いだ水面のように落ち着いていたジーク先輩が、目を見開いて、動揺した素振りを見せた。
どうしたどうした、と思っていると、先輩は審判に声をかけられ、あれよあれよと表彰台の方に連れて行かれた。
……何だったんだろう、今の。
先輩の姿が小さくなっていく。
それを眺めていた私の心境は、ほとんど絶望に近かった。"英雄"になるかもしれない男の、圧倒的な強さを目の当たりにして、バッキバキに心が折れかけていた。
あんな人、敵に回してはいけない。絶対に。
前回人生で気づくべきだった。あの異次元レベルの存在を、私はどうして知らなかったのだろう。
──それを嘆いても仕方ないが、とにかくジーク・ライヴァルトに関しては、今後も注意を払わなくてはいけない。
「先輩、こっちを見てたわね」
隣のソニアが意味ありげに振り返った。
目があった途端に、彼女は目を見開いて私を覗きこむ。
「アデル、あなた顔が真っ青じゃない! どこか具合が悪いの?」
「あ……いえ、先輩が余りに強かったから驚いちゃって……」
「そうなの? とにかく、すごく気分が悪そうだわ」
ソニアが、心配そうに私の肩を抱く。
「……少し人酔いしてしまったかもしれません。こういうイベントにはほとんど参加しませんから……でも、大丈夫です」
「ダメよ、ここを出て休んだ方がいいわ。立てる?」
ソニアによりかかって、ふらつきながらも何とか立ち上がる。
「すみません、ソニア」
「気にしないで。どこか涼しいところに移動しましょう。カフェテリアが近くにあったわ」
そうして私たちは、表彰式の途中で闘技大会を後にした。
◇◇◇
闘技大会が終わると、一気に学期末な雰囲気が漂う。今日、ソニアは用事があるとかで、久々に先輩と二人きりのお友だち会になった。
先輩のファンクラブの話はとても怖かったけど、結局、お友だち会は続行することに決めた。
リスクはあるが、まだ暫くは先輩の動向を押さえておく必要がある、と判断したからだ。
今回は、ジーク先輩が私をギロチンにかけた張本人だと知った時より悩んだ。でも、接点を失くしてしまうデメリットと天秤にかけての結論である。
それに先輩は四年生だ。学院内で会うのもあと数回だろう。
そんな私の考えなど知る由もない先輩は、顔を合わせるなり、心配そうな顔をした。
「大会の時、顔色が真っ青だったけど、もう大丈夫なの?」
「えっ結構離れてたのに、よく気づきましたね」
客席に埋もれがちな、ド地味な私をよく見つけたものだ。素で感心していたら、先輩が小さくはにかんだ。
「田舎育ちだからね。兄上たちと、遠くの牛の模様を当てる遊びとかやってたんだ」
「なるほど」
牛かぁ。牧歌的だ。
鬼神のような強さとのギャップがすごい。
それにしても、田舎の方々は目がいいって本当だったのね。
「それで、体調はもういいの? 表彰式の時には姿が見えなかったから心配したよ」
優勝直後、先輩が動揺して見えたのは、私を案じての事だったらしい。
……やっぱりいい人だ。過去の自分の仇なのに。
「あれは……会場の熱気に当てられちゃったみたいで。会場を出て涼んだら、すぐに良くなりました。せっかく先輩が優勝したのに、表彰式の途中で抜けてしまって申し訳ありませんでした」
「謝らなくていいよ、君の体調の方が大事だから」
安堵した顔で、穏やかに先輩は微笑む。
やだな。そんな顔しないでほしい。
私は、前回人生で国を滅ぼした"悪女"だ。
間接的に先輩の家族を殺したようなものだし、今だって、先輩が怖かったという事実を隠すために、しれっと嘘をついている。
結局私は、何食わぬ顔で誤魔化して、自分の利益を取るような女なのだ。
それなのに先輩は私を疑わない。
さすがに良心がチクリと痛む。ごめんなさい、と心の中で謝っていると、先輩はこちらを窺うような表情で話題を変えた。
「ところで……」
「何でしょうか」
聞いても、先輩は恥ずかしそうにモジモジしている。十六歳の少年のはずなのに、乙女な仕草も違和感がない。
「……四年連続優勝した記念というか、友人として、君に頼みがあるんだけど」
「うーん、聞くかどうかは、内容と交渉次第ですね」
「その対応、相変わらずだね。慣れたけど……」
スン、と先輩が真顔になる。
彼は呆れてぼやいていたが、すぐに気を取り直した。キリッと表情を引き締めて、ひと息に言い切る。
「学院の舞踏会で、僕とダンスを踊ってほしい」
「いいですよ。ただし目立たない場所でお願いします」
「やっぱりダメか……って、本当にいいの!?」
「はい」
断られると予想していたのか、ジーク先輩はひどく驚いている。
ふふ、見くびって貰っては困る。良心の呵責があろうがなかろうが、あくまで私はリアリストだ。
ダンスを承諾したのは、理由があった。
実は私の方にも、学院の一大イベントである舞踏会で、先輩に受けてもらいたい頼みがあるのだ。
「ダンスをお受けする代わりに、私も先輩にお願いしたい事があるんです。いつかのお礼として取っておいた権利を、舞踏会で使わせてください」
残り1/3まで来ましたが、推敲のため、ここで少しお休みをいただきたいと思います。
1月中には再開するつもりでおりますので、暫しお待ちください。




