05-02. 先輩は何を着ても似合う
大会の盛り上がりは異様なほどだった。
雰囲気に呑まれそうになって、思わずたたらを踏む。
「うわぁ……すごいですね」
燃えるような熱気。黄色い声援。
ほとんど満席の会場を眺め、驚きを隠せない私にソニアが苦笑する。
「先輩も大変よね。さすがにちょっと同情するわ」
彼女の視線の先。
客席の一角に陣取っているのは、ジーク先輩の応援団だ。揃いの鉢巻きをして、団扇を振りながら息のあったダンスを披露している。
一糸乱れぬ振り付けを見れば、相当練習したことがうかがえる。皆さんとても楽しそうだ。愛のなせる業かしら……
大会中、ずっとあの調子で踊るのならすごいとしか言いようがない。
もう一つ驚いたのが、ジーク先輩に男子生徒のファンが存在した、という事実だ。応援団に男子学生の姿がちらほら見える。しかも結構多くないですか……!?
「……先輩、あの方々とお近づきになったらいいのに。喜んで友だちになってくれるのでは?」
思わずそう口にしたけれど、事はそう単純でもないようだ。
ソニアの説明によれば、ジーク先輩には男女問わず熱狂的な信奉者がたくさんいて、ファンクラブを結成し、抜け駆けしないように先輩の周辺を見張っているらしい。
「先輩へのストーカー紛いの行為って、ファンクラブから厳しい制裁を受けるのよ。あたしたちの月二回のお友だち会が発覚しないのも、そのおかげだと思うわ。一人になりたそうな先輩を、屋上庭園までつけてくる輩はいないってことね」
「何それすっごくこわいんですけど……!!」
私と先輩は、一年以上のほほんと会を重ねてきたけれど、そんな危ない橋を渡ってたなんて全ッ然知らなかった。
今すぐ止めようかな……お友だち会……
ていうか、ソニアも先輩も、それ知ってたなら早く教えてほしかったわ……!!!
そういえばいつだったか、倒れた私を先輩が救護室に運んでくれた事があった。
先輩の身体能力が高すぎてうやむやになったけれど、運ばれてたのが私だとバレて、なおかつ屋上で会っていたと知られたら、とんでもない大騒ぎになったのでは……
青ざめて震えていると、ソニアは呑気に「あ、始まるわよ」と会場を指差した。
──大会開始のファンファーレが鳴って、学院長の挨拶が始まった。
誰も聞いてないし、長い。
こういうのは三行くらいでいいと思う。時間は有効に活用すべきだ。
……と、ずっと思っていたけれど、中身の薄い挨拶を聞き流しているうちに、ファンクラブに怯えていた気持ちも多少鎮まってきた。
入学以来、初めて学院長の挨拶に有用性を見出だした気がする……!
「そういえば、ソニアはこの大会のルールについて詳しいんですか? 私、トーナメントだって事しか知らなくて」
「あなた、本当に大会に興味ないのね……」
少し呆れながら、ソニアが色々教えてくれた。
闘技大会は、学年に関係なく予選が組まれ、それを勝ち抜いた十六人の生徒が本大会出場となるらしい。そしてやはりというか、ジーク先輩はあっさり予選突破したそうだ。
さすが、三度も優勝している大本命。一年生で本大会に出るだけでもすごいのに、連続三回優勝とかバケモノ級の強さだ。
あんなに顔もよくて強いとか、ジーク先輩ってほんとに人類なんだろうか。そんな感想すら浮かぶ。
勉強はいまいちで、野生のキノコを味見して幻覚見たりする人だけど、そういうところがないと人間らしさがなさすぎる。現実の人間かどうかすら怪しい。
ソニアとそんな会話をしていたら、学院長の挨拶はいつの間にか終わっていた。
いよいよ試合だ。会場の熱気もどんどん高まっていく。
……やがて四人の生徒が入場し、審判の先生の合図で試合が始まった。
会場は同時に二つの試合が出来るように設営されている。出場者はそれぞれ、得意な武器を使用して戦うルール。
今試合している四人の内、三人は剣、一人は槍だった。
ガキン、ガキン、と激しい剣戟が鳴り響く。
出場者たちが、鋭く薙ぐ。払う。躱す。踏み込む。武器を噛ませて、睨み合う。
ものすごい早さで繰り出される攻撃と防御。目が追いつかない。
刃を潰してあるとはいえ、本気の試合だ。出場者の負傷に備えて、会場の隅には救護班が待機していた。
どちらの試合も実力伯仲で見ごたえがあったけれど、ついに勝敗が決した。
槍の生徒が剣を弾き飛ばした。持ち主の手を離れた剣が、場外の地面に刺さる。
武器を失った出場者は戦えないと判断されるので、ここで試合終了。
もう一つの試合は、膝をついた生徒の首に相手の剣がピタリと当てられ、終了となった。
客席から、勝者と敗者の健闘を讃える声援と、惜しみない拍手が贈られる。
「すごかったわね~」
「結構激しいんですね。見ていてヒヤリとしました……あ、ジーク先輩が出てきました!」
ごくり、と喉を鳴らす。
いよいよこの目で先輩の実力を確かめる時が来た。────かつて、私をギロチンにかけた男の力をしかと見極めなければ。
無表情の先輩は、気負わず、淡々とした様子で会場に入ってきた。
キラキラ輝く白銀の髪と美貌は、遠目に見ても分かりやすい。全員おそろいの革鎧を着てるはずなのに先輩のだけ高級そうに見える。
"悪女"時代、私は持てる権力や金をすべて美容に注いできた。一方、先輩は何もしてないのに天然でアレなの、ちょっとずるい……
格の違いを見せられた気がして、何となく悔しい。
「ジーク先輩、大人気ね」
「耳がおかしくなりそうです……!」
先輩の登場によって、会場のボルテージが一気に上がった。すさまじい量の声援が飛び交う。
野太い声援が混じってるのもすごい。
反乱軍を纏めるのに、このカリスマ性も一役買ったのだろう。さすがだ。対戦相手はやりにくそう……とか思ってたら、
──勝負は一瞬でついた。
何が起こったのか、私にはさっぱりわからなかった。開始とほぼ同時に、相手の両手が空になっていたのだ。
電光石火で距離を詰めたジーク先輩が、相手の武器をはね飛ばしたんだ……と、遅れて気づく。
飛ばされた武器は、場外の地面に突き刺さっていた。
「勝者、ジーク・ライヴァルト!」
一瞬の静寂。
次いで、嵐のような拍手喝采が沸き起こった。




