04-06. 何この空気
おかしい。こんなはずじゃなかった。
ベンチに腰かけた私の両隣。そこには、ツーンとした先輩と友人が腰かけている。
二人は不機嫌の骨頂だ。その間にいる私は、当然ながら非常に居心地がよろしくない。めちゃくちゃ肩身が狭いんですけど。
そして気がついたら、友人二人は私の頭越しに、よく分からない応酬を始めていた。
「……僕がアデルと出会ったのは、彼女の入学式の日だったんだよね」
「ふーんそうですか。でも、時間とつき合いの深さは関係ないと思いますけど。ね、アデルもそう言ってたわよね?」
「…………」
至高の美少年と清楚な美少女が至極どうでもいい事で張り合っているが、板挟みになっているのは、クソデカ眼鏡のダサくて地味な一般生徒だ。
その時点で相当オカシイ。絵面的にもオカシイ。
友だちのいないぼっち同士、和気藹々とした雰囲気になるのではないかと期待してたのに、二人は真逆の方向に爆走していた。
「僕は、アデルを王立植物園に誘って、カフェでお茶した事もあるんだよ。アデルもとても楽しんでくれてたから、また行きたいな」
「へぇ、でも先輩は、アデルの邸宅に招かれた事はありませんよね。あたしもう五回も行ってるんです、うふふ」
「…………」
いったい何自慢なのかしら……
バチバチやりあう二人に、私は三分ほどうろたえた。
が、途中から色々面倒くさくなった。
おもむろに、鞄から教科書を取り出す。
両側から飛び交うツンケンした会話を聞き流し、文章を追う事に集中していると、睨み合っていたジーク先輩とソニアが、キッとこちらを向いた。
「アデル、僕も友人として君の家に招待してもらえないかな?」
「それはいけないわ。あなたは未婚の令嬢よ。男性との距離は正しく保つべきだわ。それよりアデル、あたしとお出掛けしない?」
「あのさ……君は僕を何だと思ってるの?」
「男はみんな狼。そうでしょう、先輩?」
「えーと……私はこれでも忙しいので、残念ですが、どちらのお誘いもお断りいたします……!」
……というわけで。
友人二人を引き合わせてみたら、散々な結果に終わった。
まあ、こればっかりは仕方ない。最初はうまくいかない事もあるだろう。特に人間関係は。
私とジーク先輩だって、初めから仲が良かった訳ではない。私は絶対拒否の構えだったし、先輩はひたすら一方的に懐いていた。
それに、先輩が私の潜在的な敵であるのは今も変わらない。
だから、ソニアとジーク先輩も、利害さえ一致すれば協力関係を築く事だって不可能ではない、と思う。
成すべき事をさしおいて無闇にいがみ合うほど、私の友人はアホではない……と、信じたい。
でも、これはどうなのかしら……
バチバチと睨み合う二人を見てると、先行きが少々不安だわ……
私はその後も、ソニアに令嬢としての振舞いや、清楚の作り方を徹底的に指導した。そして、ソニアにも優秀な成績をキープしてもらった。
ソニアの成績は元々そう悪くない。
ただ、あの外見の派手さと素行のせいで、教師も同級生も手を焼いていただけだ。
今のソニアは、品行方正、成績優秀。かつ非の打ち所のない美しく完璧な令嬢になりつつある。
男子生徒の間でも、度々話題になっているらしい。
ソニアに出会った事で思いついた計画は、予想以上に手応えを感じていた。
彼女の血の滲むような努力が、どのように実を結ぶのか。今から楽しみで仕方ない。きっと悪い事にはならないはずだから。
そうして春が過ぎ去り、あっという間に夏が訪れた。
◇◇◇
二年生に進級してから最初の学期が終わった。
やる事が多いからか、月日が過ぎるのが早い。
続く夏の休暇も何事もなく過ぎていった。
私は王都で勉強三昧の予定だったし、先輩とソニアは王都を離れ、領地で過ごす事になっていたので、三人で集まる機会も特になかった。
でも休暇直前に一度だけ、ジーク先輩とソニアをわがタウンハウスに招待した。
ジーク先輩が招待しろとうるさかったのと、ソニアが二人きりなんて絶対許さない、と言い張ったからだけど、私に招待しないという選択肢が与えられなかったのはどうしてかしら。私は暇じゃないんですが……
お茶会に招いたジーク先輩は、地味すぎる私の私服を見て、謎にキラキラを振り撒いていた。
ソニアは「ほら言わんこっちゃない、二人になんてとても出来ないわ!」とプンスカしていた。
大体いつも通りだった。
そういえば、ジーク先輩は侍女のマリアにどうも苦手意識があるようで、お茶を用意するマリアが近くに来ると、何となく挙動不審になっていた。不自然なくらい目も合わせない。
先輩は普段ぼっちだから、初対面の女性に対して、変に緊張するのかもしれない。
……というか、そもそも私に遊んでる暇はないのだ。
最近色々あって横道にそれてたけど、私の最終目標はギロチン回避。ノーモア処刑台だ。
さらに、財務官になって財政を支えたい、という将来の展望だってある。
そのためには、学院で好成績をキープし、登用試験で高得点を叩き出さねばならない。
私にはバカンスも恋愛も必要ない。一分、一秒でも時間が惜しい。
そんなわけで、興味のない行事参加を徹底して避けていたけど──
ある事情で、夏休暇が明けた後の学院の一大イベント、闘技大会を見学する事になったのだった。




