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【受賞】元"悪女"は、地味な優等生令嬢になって王国の破滅を回避します!  作者: es
本編

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03-02. 新学年

 


 ──新学期が始まった。

 学年が一つ上がって、私は二年生になった。

 屋上庭園も春爛漫だ。色とりどりの花が咲き乱れ、蝶や蜜蜂がせわしなく飛び回っている。


 庭園の片隅のベンチに腰掛け、綺麗な花々を眺める。

 ふう、と深呼吸する。

 今から会う少年に心を乱されぬよう、ひたすら精神統一していると──彼はいつも通り、ふらっと姿を現した。


 私の体がかすかに強張る。

 でも気づかれなかったはず。


 ──静かに息を吐き、平常心、と自分に何度も言い聞かせた。

 相手はただの学生だ。

 "英雄"なんかではない……今は、まだ。



「久しぶりだね」

「ご無沙汰しております」


 軽く会釈すると、少年はニコリと微笑んだ。そして無愛想な私の隣に、すとんと腰を下ろした。

 普段通りできた。良かった。

 ほっとして肩の力を抜く。すると、隣から「体調は大丈夫?」と尋ねられた。


「体調、ですか……?」

「この前、急に倒れたから」


 目を上げると、ジーク・ライヴァルトは気遣わしげにこちらを覗きこんでいた。

 天上の彫刻のような完璧な顔は、キラキラした光を纏っている。

 私にとってはただの造形でしかないが、それでも時々、ハッとさせられるほど麗しい。


 少年は私の顔色を確かめるように、じっとこちらを見つめていた。


「あの時は、本当にありがとうございました。今はすっかり元気です」


 私は軽く頭を下げ、礼を言った。

 そうだった。噂がほとんど立ち消えたから、すっかり忘れてたけど、そんな事件もありましたね……!


「君が元気なら良かった」


 元"英雄"の少年は、安堵したように笑った。

 彼は、一ヶ月前の出来事で私の体調を気遣う。

 見た目は冷やかだけど、性格はとても優しい。


 こんな温厚な人間が、反乱軍の"英雄"となり、王族を容赦なく粛清するなんて、全然想像つかない。

 "英雄"のイメージといえば、豪快なガハハ系や、尖ったナイフ系だったけど、やっぱり優しい人ほど怒らせたら怖い、という事なのだろうか。

 気をつけよー……


 元"英雄"、現"氷の貴公子"は、はにかみながら頭をかいた。


「休みの間、君に手紙を送ろうかずっと迷ってたんだよね。迷惑かなと思ってやめといたけど」


 休みの間も私を気にかけていたらしい。

 本当に優しいのよね……

 これで、私を殺す"英雄"でさえなければなぁ……!




 ────さんざん迷った末、私は、ジーク・ライヴァルトと会うのを継続する事にした。

 直接の接点があれば、彼の情報が手に入りやすいし、何か起こってもすぐに気づけるからだ。

 それこそ、冤罪事件とか。


 冤罪が起きたらどう動くか。

 それも、ざっくり決めておいた。

 第一は、ライヴァルト家の断罪回避に全力を尽くす。それが無理なら、両親を連れて、国外脱出するつもりだ。


 今のところ、ド地味な優等生の私に、ジーク・ライヴァルトは好意的だ。

 万一、彼が私を断罪するような事態になっても、彼が手心を加える可能性はあるのではないか、とは思う。

 あくまで楽観的な予想だから、あまり期待はしてないけど。


 要するに──表向きはせいぜい馴れ合っておこう。そんなところだ。



「……休暇中は領地にいらしたんですよね。ご家族はお元気でしたか?」

「うん、みんな元気。兄上たちにも久々に会えたし、楽しかったよ。母上には厳しくしごかれたけどね」


 彼はキラキラを振り撒きながら、嬉しそうに微笑む。

 ふむ、彼の家族は息災らしい。冤罪事件が振りかかるのは、もう少し先になりそうだ。


 実際、それが起こるとしたらいつになるのか。

 時期さえ特定できたら、私の立ち回りは格段に楽になるけど、そう上手くはいかないだろう。


「君のご両親は王都に来られてた?」

「ええ、半年振りに会いましたよ」

「それは良かった。それで……えーと、アデルハイデ嬢」


 彼はためらいがちに、私の名前を呼んだ。

 心なしか頬が赤い。自分こそ体調は大丈夫だろうか。騎士は体が資本なのに。


「アデルで結構ですよ。今さらあなたに気を遣われても困りますし」

「わかった…………アデル」

「はい何でしょう」


 モゴモゴと口ごもる少年に首をかしげる。

 すると少年は、照れながらこんなことを切り出した。


「僕のことも、ジークって呼んで……ほしいかな……なんて、……」


 一般的な人類なら、美少年にこんなお願いをされたらひとたまりもなく言う事を聞くだろう。

 全身全霊の気を込めて、百回くらい名前を連呼してもおかしくはない。

 しかし私──アデルハイデ・ローエングリムは、時間逆行した元"悪女"。そんなものは効かぬ。


「じゃあ、これからは『先輩』って呼びますね! 先輩!」

「君、僕の話聞いてた?」


 先輩ことジーク・ライヴァルトは、空色の目を見開いた後、落胆混じりの渋面になった。

 めちゃくちゃご不満そうですね先輩。でもね、私と先輩では事情が違うのですよ。


 向こうは好きに呼べばいいと思う。

 でも、私の方はそうもいかない。馴れ合い上等でも限度がある。

 あまりに距離を詰めすぎて、いざという時に情が移って、動けないようでは困るのだ。


「何か問題でもありますか、先輩?」


 笑顔で返すと、「くっ…………別にないし?」と悔しそうな声が返ってきた。

 ジーク・ライヴァルトは綺麗な形の顎をツンと反らして、そっぽを向く。

 こういう所が非常に子供っぽいと思う。



 なんて事を考えていると、階下の建物入口の付近から、さざ波のようなざわめきが私たちの元に届いた。VIPでも来たのかしら。


「何だろう」

「ちょっと見てみましょうか」


 一時休戦。私達は屋上庭園の外壁に忍び寄り、そろーっと顔を覗かせた。

 この外壁のすぐ下は、校舎の玄関口になっている。そこに身分の高そうな男子学生の集団がいて、周囲に人が集まっていた。


 私は、軽く息を飲んだ。

 高位貴族と思われる男子の集団の中央に、かつての夫────レグルス王子の姿があったからだ。



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