表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【受賞】元"悪女"は、地味な優等生令嬢になって王国の破滅を回避します!  作者: es
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/48

02-09. 記憶、あるいは、これから起こりうること

 


 ──時間が巻き戻るより前。

 私の記憶の中だけに存在する世界と、時間軸で。

 王国滅亡の原因となったのは、この私だった。


 "悪女(わたし)"は国を内側から食い荒らす、白蟻の女王のようなものだった。

 けれど、最終的に王国を終わらせたのは"悪女"ではない。反乱軍を率いた若き将軍──"英雄ジーク・ライヴァルト"だ。


 "英雄"は、頻発する暴動を反乱軍として纏め、組織として機能させた。そうして圧倒的強さと、絶対的カリスマで、民衆に支持されていく。

 侵略軍を撃退し、王都の無血陥落に成功した"英雄"は、王宮に攻めこんで、私の夫であるレグルス王を討ち、王妃であった私に処刑命令を下した。

 そしてノース王国は滅亡した。


 だけど──私は、"英雄ジーク・ライヴァルト"と直接あい(まみ)えたことはない。

 王都解放のどさくさに紛れた逃亡計画に失敗し、牢獄に入れられた数日後、処刑台に直行したからだ。


 自分を断罪した男の顔を、私は知らなかった。

 だから気づけなかった。


 目の前にいる少年が、自分の最大の敵、

 あの"英雄"だったなんて──



 "英雄ジーク・ライヴァルト"の動向こそが、私の運命を左右するといっても過言ではなかったのに、それに思い至らなかったなんて、私はどれだけ愚かしいのか。

 自分のバカさ加減に、吐き気がする。


 …………いや、それも少し違う。

 私は自分の心を覗きこむ。そこにあったのは、暗い檻のような恐怖だ。


 私は、とても怖かったのだ。

 "悪女"の道を選ばず、ド地味な優等生として生きてさえいれば、"英雄"なんかと関わる事はない。そう、心のどこかで安心していた。

 己を断罪した相手を、意識から遠ざけていた。



 ──記憶を抑えていたタガが外れ、悪夢のような過去の映像が溢れる。


 くらり、と目眩がした。


 傾いでいく私の体を、そばにいた少年が慌てて支えた。彼は必死に呼びかけていたけれど、その声も次第に遠ざかっていく。

 いや、さわらないで…………と叫びたいのに、喉に石が詰まったかのように声が出せない。呼吸が乱れて胸が軋む。


 しっかりしろ、ここで倒れたらダメだ……!


 己を叱咤したが、意識は抗えずに、深い闇の底へと沈んでいった。



 ◇◇◇



 ────夢を見た。

 逆行前の、最後の瞬間だ。


 王都の中央広場には、"悪女アデルハイデ"の最期を見届けようと、たくさんの群衆が詰めかけていた。

 牢を出され、罪人を運ぶために用意された粗末な馬車に乗せられた私は、まるで生贄の羊のように、そこに運ばれてきたのだった。


「……降りろ」


 処刑人の男が無造作に扉を開ける。

 集まった人々は、私に激しい憎悪の視線を向けていた。肌にピリピリと視線が刺さる。息をのんで動けずにいると、処刑人は無理やり私を馬車から引きずり下ろした。


 強烈な敵意が渦巻く中を、おずおずと歩いていく。

 誰かが、私に向かって石を投げた。ゴツ、と頭に当たってよろける。けれど立ち止まることは許されず、鎖を引かれて、処刑台まで歩き続けた。

 最初の石を皮切りに、投げられる石が増えていく。ゴツ、ゴツと頭や背中、手足に当たった。血が滲んで、痛くて仕方ない。


 自分に向けられた激しい憎悪。広場は、"悪女"に抵抗や言い訳など一切許さない、という重苦しい圧力に満ちていた。

 けれど、石を投げられる痛みより、罪人の私に与えられる死の恐怖の方が、遥かに上回っていた。たくさんの人を死に追いやった私は、自分の死を何よりも恐れていた。


 処刑台の階段を一歩ずつ上る。

 本来ならば、それは、地獄へと続く道だったのだろう…………時間が巻き戻りさえしなければ。


 その時の私は、豪奢なドレスの代わりにボロ布を纏った、ただのみすぼらしい女だった。美しかった黒髪はすっかり艶を失い、乱雑に切られてギザギザになっている。

 もはや、"傾国の美女"と呼ばれた王妃アデルハイデの面影はどこにもない。

 "希代の悪女"と蔑まれ、すべてを失って断罪される、ちっぽけで痩せこけた女がいるだけだった。



「……そこなる女は、国を白蟻のように食い荒らし、放蕩三昧をした挙げ句、民衆を苦しめ絶望に追いやった。圧政を敷いた王国の歴史は、暴虐な王妃の断罪をもって、過去のものとなるだろう」



 罪状が読み上げられると、群衆はわあっと歓声を上げた。

 荒々しく乱暴に引き倒され、私の首は、板と板の隙間に嵌められた。ガチャリと止め金がかけられ、固定されてしまえば、もはや逃げることは叶わない。


 その時ふと、処刑台の正面に、背の高い男が静かに立っているのに気がついた。


 過去の私は、それが誰か判らなかった。だけど今なら、何となく判る。──彼だ。


 反乱軍の"英雄"。そして、王立学院の騎士科にかつて在籍していたであろう、少年。


「最後に、残す言葉はあるか」

「…………何も」


 処刑人に掠れた声で答えて、瞳を閉じる。

 最後に目に焼きついたのは、真っ青に晴れ渡った空。

 処刑人が、斧を振り下ろす。ギロチンを吊るしていた綱が、ぶつり、と千切れて、そして────



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ