第30話 儀式の祭壇
時折雨のちらつく曇り空。
大風が吹きすさんでいる。遠雷が聞える。
あたしとエリアルは儀式の祭壇に向かっていた。
このフィールドはゲームの中でも、めちゃめちゃ重いBGMがかかっていた。
初めは、なんでこんな圧をかけてくるようなBGMなんだろう、と思った。
しかし、今ならば分かる。
ここで、ゲーム中で最もショッキングなイベントが発生する。
ヒロイン、エリアルの唐突な非業の死。
あたしを始め、多くのプレーヤーがゲームクリア後まで引きずったトラウマイベントだ。
そして、ここはゲームと同じ出来事が起こる世界。
だけど、エリアルはここで死なせない。
そんな運命は、変えてやる。
胸元にはひよこバッジ。
スカートの下には道着を着こんで、準備万全だ。
目の前に巨大な穴が見えてきた。
その底には湖があるはず。
エメラルド色に澄んだ湖だが、暗くてよく分からない。
それほど深い穴なのだ。
穴の内側を削って作られたらせん階段を下っていく。
こんな時でなければ、大自然のスペクタクルに感激できたのかも知れない。
決戦の時が迫っているのでなければ。
ゲームでは猛スピードで降りる階段だが、あたしはゆっくり慎重に降りて行く。
手すりなんかないし、風が凄い。
壁に張り付いて、長い階段を一番下まで。
雨もぱらついてるので、もう片方の手で頭を抑える。
どうにかこうにか、ついに最下層にたどり着く。
穴の底は真っ暗だったが、あたしが踏むと、床がエメラルド色に光った。
古代に作られた魔法の技術なんだろう。
周囲が明るくなった。
最下層は半分は湖で、床から突き出た祭壇も湖に面している。
その祭壇が、これからエリアルは祈りを捧げる場所だ。
ゲームでは、ゲイルは地上から飛び降りて、一気に最下層まで到達。
その後、エリアルを後ろから刀で一突きするのだ。
灯りのともった最下層。
さぞかし狙いやすいだろう。
ただし今のゲイルはラスボス形態の亡式。
刀は持っていないが、もっと強力な攻撃方法をたくさん持っている。
ラスボス仕様のド派手で強力な攻撃をだ。
それでも、星を守るため、エリアルは今、この場所で祈りを捧げなくてはならない。
祭壇の前に立ったあたしは、エリアルに主導権を渡す。
「この星の魔力の源よ。あたしの祈りに応えたまえ」
エリアルの祈りが始まった。
大地も、空も、生き物も全てこの星の命。
始まりの民の祈りは、魔力による繋がりで、その全てに呼びかけ、星を健やかにするように語りかける。
エリアルの身体が輝き、エネルギーを発生させる。
周囲を照らすほどの、穴の外まで届くほどのエネルギー。
魔法の力の適性のないあたしだけど、エリアルの発生させるその暖かなエネルギーは感じる事ができた。
このエネルギーに星を癒す力があるという事が、感覚的に理解できた。
優しいエネルギー、いたわりのエネルギー。
普遍的な愛のエネルギーと言ってもいい。
神聖な瞬間に立ち会っているのを感じる。
しかし……、
(来たわ)
その時がやって来た。
エリアルはすぐに察知した。
この星を滅ぼそうとする力を。
あたし達に殺意を向ける力を。
もっとも、あたしもすぐに、その接近が分かった。
主導権がエリアルにある以上、見上げて確認する事はできないが、それでも分かった。
視界に写る影を。
このフロアの灯りを目指す巨大な影を。
光に覆い被さろうとする闇を、認識する事ができた。
エリアルを殺害すべく、急降下してくる闇。
しかし、むざむざやられるつもりはない。
その闇に対抗する切り札は、無敵対空ドラゴンアッパー。
この技で、上空からの奇襲の出鼻をくじく。
さらにレアアイテム、「ひよこバッジ」の効果で、ドラゴンアッパーを受けた敵は立ったまま気絶する。
いわゆる「ピヨり状態」になる。
そこからさらに攻撃を継続できるはずだ。
(祈りを継続したまま主導権を返す。
戦いは任せたからね、ぴより)
(分かった!)
祈りを継続しながら戦う。
あたしとエリアルだからできる芸当だ。
祈っている状態は、気を高める状態と似ているらしい。
つまりこの状態であたしは、闘気を扱う闘神流の技を使える。
上空から奇襲をかけるつもりのゲイルを、ドラゴンアッパーで迎撃するのだ。
影の大きさで位置を測る。
(エリアル、上を向いちゃだめだよ)
ゲイルに悟られてはならない。
警戒されてはならない。
最大の威力の攻撃を繰り出さなければ。
竜王の闘気を纏える数秒の間に、渾身の一撃を繰り出さなければ。
そのために十分に引き付けるのだ。
風を切る音がする。
邪悪な気配を感じる。
鼓動が高鳴る。
(今だよ!)
ゲイル・亡式が鷹のような鋭い爪で、まさにあたしに飛びかかろうとしたその瞬間。
あたしの身体は竜王の闘気を纏った。
そして……、
「ドラゴンアッパーー-ッ!」
ジャンプしながら右腕を振り上げる。
闘気を纏ったその一撃は、鷹のような爪を粉砕し、ゲイル・亡式の脇腹に命中した。
「おぅわあああああっ!」
ぶっ飛ぶゲイル・亡式。
その巨体は岩壁によりかかる感じで倒れかかった。
そして、そのまま目を回している。
本来なら、この一撃だけでダウンするようなタフネスではないだろう。
これはひよこバッジの特殊効果、「ピヨり状態」だ。
ひよこバッジはその効果を発揮した。
それなら……。
あたしは長衣を脱いだ。
ジャージパンツの道着姿になった。
「いっくよー!」
ジャンプするあたし。
背の高いゲイル・亡式の胸部目掛けて、空中でのパンチとキックの連続攻撃。
「空中連撃、エリアルコンボ!」
さらに、
「ドラゴンアッパー!」
もう一度、ドラゴンアッパーを仕掛けた。
すると……、
「ぐほっ!」
ゲイル亡式の口から何かが吐き出される。
「げっ……」
粘液に覆われた赤い肉の塊。
しかし、吐き出された後も規則正しくピクピクと動いている。
まるで生きているみたいに。
グロい!
でもこの物体に似たものをあたしは見た事がある。
ゲームの終盤、ゲイル視点のイベントで、ゲイル滅式がこの物体を取り込むシーンがあるのだ。
この後、ゲイルはラスボス、ゲイル・亡式に変化する。
と、言う事は……!
「グゴオオオ…………!」
雄叫びと共にゲイルの形状が変わって行く。
翼や鷹の足や尻尾が消えていく。
腕も二本に。
甲殻類のような鎧だけが残り、人型の姿になっていく。
これが本来ゲーム中盤に現れるゲイル滅式だ。
エリアルを殺害する時の姿だが、今は名刀迅雷は所持していない。
(原種細胞を吐き出させた事で、ゲイルは弱体化したようね)
(やった!)
首尾よくゲイルのラスボス形態を解除した。
中盤でラスボスに殺される、という危機はひとまず脱した。
そう思った時だった。
「死ねえええええ!」
ゲイルはパンチを繰り出して来た。
「くっ!」
あたしは間一髪で上体をそらしてかわした。
しかし、突起が無数にある、ギザギザした滅式の腕が目の前を掠め、あたしの前髪が何本か宙を舞うのが見えた。
「小娘がよくもやってくれたなあ……!」
頭にも甲殻を纏っていたが、その怒りの形相がはっきり分かった。
普段の冷静で冷酷なゲイルは見る影もない。
「死ね! 死ねぇ!」
さらに拳で殴りかかってくるゲイル。
その度にブンブンと風を切る音が鳴り響く。
甲殻のような鎧に覆われた、高速のパンチ。
その攻撃は、一発でも受ければ致命傷になるだろう。
ゲイルの弱体化には成功したが、脅威は去っていなかった。
刀なしの滅式でも十分強い。
受け止める事すらできない攻撃に、防戦一方になってしまう。
「お前さえ殺せば!」
滅式ならば十分に勝てる。
そのはずだったのに。
「滅式がこんなに強いなんて!」
もしかして亡式から弱体化したゲイル滅式はあたしの知っている滅式よりも強い?
いつまでよけきれるのか。
反撃に転じるチャンスはあるのか。
それとも、攻め切れなかった時点で勝負は決まっていたのか。
あるいはゲイル滅式に殺される運命が、決まっていたのか。
「ごめんね、エリアル。
頑張ったけど、ワンチャン死ぬかも」
まだ危機は去っていなかった。
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