第16話 そんな物語なんて変えてやる
(エリアル! ここは危ないって!)
(ぴより?! どういう事?!)
あたしの言葉で、エリアルは周囲をぐるりと見回した。
次の瞬間。
背後から響く爆音。
天井が粉々になり、背後の壁が倒れかかって来た!
後方で爆発が起こったのだ。
天井は主に前方に吹っ飛んで行き、大きな破片は落ちて来なかった。
しかし、背後の壁はそうはいかなかった。
かなりの大きさの塊が、こちらに倒れかかって来た。
これはまさに緊急事態!
だけど、事前に察知できたからか、あたしは意外と落ち着いていた。
(代わって、エリアル)
それを言う事ができた。
これから起こるであろう事を考えたら、慌ててなんかいられなかった。
「神子様、お下がりください!」
クレイフさんがあたしに覆いかぶさって、守ろうとしてくる。
そう。
爆破テロでエリアルが生き残り、ボディガードのクレイフさんが亡くなったのならば、彼はエリアルの事を身を挺して守ったのだ。
しかし、そうはさせない。
「お下がりません!」
巨体を押し退け、壁の前に。
「なっ! 神子様、何をっ!」
こんな大きな壁に押しつぶされたら、クレイフさんだってひとたまりもない。
ゲームの中では実際にそうなったんだろう。
そんな物語なんて変えてやる。
そんな悲劇なんて変えてやる。
(エリアル! ワンチャン、修行の成果を見せるよ!)
(分かったわ!)
ほんの一瞬、でもしっかりと床を踏みしめ、構える。
天然自然の力があたしに流れ込んで来る。
闘気が身体中に充ち溢れる!
わたしの右手が光輝き、熱くなる!
そして、
「岩をも砕く! 岩砕拳!」
のしかかる壁に、渾身の力をこめた拳を叩き込む。
突き出した拳に確かな手応え。
その一撃で、大きな壁はひび割れ、粉砕された。
「神子様?!」
クレイフさんが、あっけに取られている。
しかし、あたしもクレイフさんも無事だ。
(助かったの?)
「まだだよ」
ゲームでは二人、亡くなったんだ。
(ジーナさんも危ない)
爆破と襲撃、そういう話だったはず。
(二段構えって訳? だとしてもどこから?)
人々が大混乱に陥っている中、あたしとエリアルは神経を研ぎ澄まして、周囲を見回す。
仕掛けて来るならば、その方法は一体何……?
…………!
「いた!」
この騒動の中、近くの建物の屋上から微動だにしない姿。
覆面をした黒い人影。
構えているのは……、ライフルだ!
「神子様!」
あたしの声で、ジーナさんもスナイパーに気付いた。
慌てて、あたしに飛び付いて来る。
「お逃げ下さい、エリアル様!」
身を挺して守るつもりだ。
ゲームの中では実際そうなったんだろう。
「お逃げません!」
しかし、そうはさせない。
ジーナさんを押し退けるあたし。
スナイパーの方を向き、仁王立ちになり、右手の拳を胸の前に。
(迎え撃つよ、エリアル!)
(望むところ!)
エリアルが闘気を集中する。
あたしの身体に流れ込む、天然自然のエネルギー。
銃声が鳴り響くが、あたしは動かない。
その方角に輝く右手をかざす。
そして、
「なんでも弾く! 反衝拳!」
あたしの闘気を纏った手の平が銃弾をはたき落とした。
はじいた銃弾が床にめり込む。
さらにあたしは間髪入れず、一足飛びにスナイパーのいる建物に。
あっけに取られるスナイパー。
「神子がこんなに強いなんて、聞いてねえぞ!」
「言ってません!」
今度は足を振り上げた。
長衣の下にはしっかり道着をはいている。
「くるっと回転! 旋風脚!」
ライフルをキックで薙ぎ払い、スナイパーを取り押さえる。
「ふう、何とかなった」
街の衛兵にスナイパーを引き渡す。
同時に何人かのテロリストも逮捕されたみたい。
そうなれば、彼らとホープ社の繋がりも明るみに出る事だろう。
「うおおおおおおっ!」
街中から大歓声が起こる。
まさかの神子エリアルによるテロ鎮圧。
その一部始終を見ていた観衆は、興奮のるつぼと化していた。
(ぴより、怪我人の治療をしなきゃ。代わって)
(そうだね)
エリアルは一足飛びで演説会場に戻る。
爆発で飛んで来た、天井や壁でケガをした人達を、魔法で治療するためだった。
その後で、さらに檀上に戻る。
「わたし達がこのような卑劣な行為に屈する事など、断じてありません!」
演説を再開したエリアルの長衣の袖は、治療の際に傷口に触れて、赤黒く染まっていた。
「神子様! 神子様! 神子様! 神子様!」
「エリアル! エリアル! エリアル! エリアル!」
テロリストを撃退し、怪我人の治療をし、さらに瓦礫の中で演説を再開したエリアル。
その姿は人々の胸を打った。
万雷の拍手は、元々の支持層からだけではなかった。
あたし達の演説は大成功だった。
その夜、ホテルのバルコニーで夜風にあたるあたし。
昼間は暑かったけど、夜はひんやりして、寒いくらい。
でも、満月の月明かりが鮮やかできれいだった。
空に上層居住区のあるエルドーラではこうはいかない。
(今日はお疲れ様、ぴより)
(エリアルこそ。
ゲームでは話で聞いただけの事件だったから、気付くの遅れちゃった)
(いいのよ……。みんな、ぴよりのおかげ。
もしもクレイフとジーナを一度に失っていたら……、そんなの耐えられなかった)
エリアルらしくないか細い声。
心の底から安堵してる感じだ。
(ありがとうね、ぴより)
ファンタジックコスモスのプレー中、エリアルからこの件で落ち込んだ印象は受けない。
しかし、彼女の死後、メナスの街の事件現場に供えてられていた花が、エリアルによるものであると判明する。
供えた後に、儀式の祭壇に向かったのだ。
そしてそこで、彼女自身が殺害された。
クレイフさんとジーナさんの事を知ってしまうと余計にキツい。
それこそ、こんなの耐えられない。
だけど、クレイフさんとジーナさんは守る事ができた。
あたしのゲームの知識で運命を変える事ができた。
(絶対、生き残ろうね!)
もちろん、自分も死にたくない。
だけどそれ以上に、エリアルに生き延びて欲しいと思った。
この気高くて、心優しい少女を、悲劇から守りたいと思った。
(ええ、ゲイルのクソ野郎をぶっとばすわよ)
ん-、下品だなあ、エリアル。
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