第373話 依代でした
『さぁやれ!ブッ殺せ!』
来るか――と、思わず身構えたが。アイシスが動く気配は無し。
さっきから椅子に座って机に突っ伏してる状態のまま。表情もわからない。
それどころかピクリともしない……まさか本当に空腹で死んだ?
『いやいや、んなアホな。生命反応はある――あれ?弱なっとるな』
……マジで死にかけてんのか?
『ああ、そうか。全ての魔王の力を持ってるなら当然、暴食の魔王の力もあるわな。魔王の力のデメリットも当然受け継いでるやろし。このまま放っといたらマジで死ぬかも』
……そうなったとしても俺に責任があるわけじゃないが……流石に見殺しは後味が悪い!
『何無視してんだごらぁ!どいつもこいつも馬鹿にしやがって!あたしを舐めてっと――』
「いや、待つんじゃヘラ。アイシスは本当に死にかけとるんじゃないか、空腹で」
『ああ?!巫山戯た事ぬかして――あ?マジか?!なに勝手に死にかけてんだごらぁ!』
「いやアンタのせいだろ!ああもう!これ食え!」
収納庫に常備してある非常食。味はそれほどでもないが腹の足しにはなる――
「だぁぁぁ!だからって俺の手ごと食うな!包みも外せ!」
「がっふぅ!おかわり!あ、飲み物も欲しい!お酒はいらない!」
「聞けよ!」
その後も食うわ飲むわ。俺の非常食は完食されてしまった。
フレイヤ様が出したフルーツの盛り合わせも軽くたいらげ。
明らかにアイシスの体積を超える量を食べて飲んで。
アイシスの空腹が治まった頃には夕焼け空が見えていた。
「けぷっ……ごちそうさまでした」
「……何人分食べたんだ。あんな奴、平民には養えんだろ」
「それはそうなのですが陛下……あれだけ食べて体型が変わってないのも異常では……」
食べた物全てエネルギーに変わったのか、確かに体型は変わってない。
全身鎧を着てるんだから本来ならわからなくて当然なんだが。
「……で、ヘラよ。このびっみょ〜な空気の中、再度ジュンを殺せと命じるのか」
『あ、当たり前よ……あたしが諦めるわけないじゃない』
ちょっと気勢が殺がれてますやん。
「……もう帰らんか。今ならカラドボルグを持ち出した件については処分が軽くなるよう、わしがかけあっても良いんじゃが」
『嫌よ!絶対に嫌!あたしは必ず復讐するの!だからアイシス!早くそいつを殺すのよ!』
今度こそ来るか、と身構える。アイも構え、ソフィアさんも剣に手を添える。
「ヤだ。てか、僕に命令しないでくんない」
『あ?人間があたしに逆らってんじゃねぇ!テメェはあたしが救ってやったんだろが!黙って従え!』
「ヤだ。神如きが僕に命令すんな」
『ああ!?神如きだぁ!?勇者だからって調子に乗り過ぎ――』
「勇者だからじゃないよ。僕がアイシスだからだよ」
『……あぁ?』
「良い?僕はね、全てにおいて最高なんだ。神よりも強く、美しい。だってアイシスだからね」
『……』
……これは何ていうか……ここ迄来ると傲慢だからと言うより、ナルシストなような。それも超が付く。
『……うぜ。もういいからとっととやれ――』
「それに君さ。僕に嘘ついたよね。全部が全部、嘘じゃない。だけど肝心な部分で嘘をついた。そうだよね」
『……何を根拠に言って――』
「復讐なんでしょ。さっき自分で言ってたよね。この世界を救いたいから、じゃなく」
『……』
「それにジュンは世界を滅ぼすような悪人じゃない。それくらいはわかるよ」
お、おお……これは本当に対話で平和的に解決出来そうな予感。
いや、俺Tueeeee的には残念ではあるが。
俺だってアイシスを死なせたくはないし。平和的に解決出来るなら一番良い。
『マスター、それって所謂フラグってやつとちゃうのん』
……まさかぁ。そんなベタな展開――
「ま、それでも僕を救けてくれたのは事実だし。僕を騙した事は見逃してあげる。有り難く思いなよ」
『……フン。もういい。あたしに逆らうならアンタもいらない。あたしの世界の人間だから優しくしてやったし、出来るだけ死なせないようにしたのに。あ〜あ、全部無駄』
「はいはい。全部無駄でしたね、そーですねー。じゃ、消えなよ。僕の気が変わらない内に」
そう言いながらカラドボルグに手をやるアイシス……まさかそれで鎧を斬るって?
そんな事したら自分も死ぬ……いや、斬る対象を選べるんだったか。
鎧の中に居るヘラだけを斬るつもりか……脅し、じゃなさそうだな。
「もう良いじゃろ、ヘラ。わしと一緒に――」
『ところでフレイヤ。あんた、あたしが何故鎧を依代にしたのか、聞きたがってたわね。今、教えてあげる』
「……今、じゃと」
『そう、今。何故鎧になってまで此処に居るのか。それは最高のタイミングを掴む為よ』
……タイミング?
『アイシスが……こいつが役に立てば何も問題無かった。戦闘能力だけ見れば上級神に迫る強さだもの。カラドボルグもあるし、確実に勝てた。でも念には念を入れたのよ。フレイヤ、あんたみたいな邪魔者が来る事も見越してね』
「……ヘラ、何をするつもりじゃ……まさか、貴様!」
『ハッ!気付いたってもう遅えんだよ!』
「え、何が……あ、ああああああああ!!!」
黄金の鎧がスッと消えた。途端に苦しむアイシス……しかし、直ぐに落ち着き顔を上げた。
見た目は大きく変わってはいない。
だが瞳の色が碧から紫に変わっている。
これは……もしかしなくても……
「はい、これが答え。これでこの身体はあたしのモノ。ジュン、だっけ。この身体でアンタを殺してあげる」




