第351話 愛でした
〜〜村正宗〜〜
「お前は剣士の腕を鈍らせる、駄目な剣だ」
……かつての主の一人に、言われた言葉。何故、今こんな事を思い出すのでござる……
「確かにお前を使えば、大抵のモノは斬れる。岩だろうが鎧だろうが。だが、それはお前の力であって、わしの力、技術ではない。大人が振るおうが子供が振るおうが、同じ結果になる。それでは剣士としては鈍ってしまう。いや、成長出来ないと言った方が良いか」
『そんな事はないでござろう。拙者を使えば剣の腕は確実に上がる。現に、主殿とて強くなったではござらぬか』
「お前の主だった者達の剣技、その記憶……いや感覚か。それが伝わって来る。だから未熟な者が持てば短期間の内に強くなるのは確かだ。だが、それだけだ。過去の主と肩を並べる事は出来ても、それ以上強くなる為にはお前では駄目だ。はっきり言って、お前の主だった者達は凡人ばかりだ。凡人だからお前の斬れ味に酔いしれ、呑まれ、辻斬りなどに堕ちるのだ」
……確かに、拙者の主達は、辻斬りに堕ちた者、人斬りに愉悦を感じる者、戦いを楽しむ者、そんな者ばかりでござった。
拙者が妖刀やら邪剣などと呼ばれた所以でござる。
『それはかつての主達の心が弱いだけでござる。拙者が堕落させたわけでも、積極的に人斬りをさせたわけでも無いでござる』
「だが止めたわけでもない。そうだろう」
『……』
「お前がどれだけの時を生きているのかは知らぬ。だが善悪の区別くらいは出来るだろう。妖刀と呼ばれたくないのなら、主を真っ当に生きる道を示し導く。そんな刀になったらどうだ」
『拙者は別に妖刀扱いされる事に抵抗は無いでござる。それに刀である拙者に人の善悪を問うのはどうかと思うでござるよ。所詮、拙者は刀。刀とは人を斬る為の道具でござる』
「そんなだからお前は駄目な剣なんだ。主を成長させたい、強くしたいという想いがあるのなら。もう少し人間を理解しろ」
『……それが主殿を成長させる事に繋がるでござるか?』
「勿論だ。さしあたっては……そうだな。わしが今、欲してる物を当ててみせよ」
『……それだけ腹の虫を鳴らしてれは赤子でもわかるでござろうよ』
拙者に人の道、人の心を説いたのは後にも先にも、あの変り者だけでござったな……いや、最後の主……レイ殿も多少は言ってたでござるな。
そう言えば拙者を駄目な剣と言ったのも二人だけでござるな……
〜〜ジュン〜〜
「……もしかして、今のが走馬灯というやつでござるか。中々、新鮮な経験でござる……いや体験というのが正しいのでござるかな……」
院長先生の一撃を受け、脚を一本失った村正宗。
刃の鱗の下には生身の肉体があったようだ。傷口からは赤い血が流れている。
レイさんを喰ったからこそ、赤い血なのか……鱗は直ぐに再生したが、生身の部分は再生する様子が無い。
アンラ・マンユのような再生能力は無いと見てよさそうだ。
「いくぞマチルダ!次は首を落とせ!」
「ドミニー!私達も行くわよ!」
「……!」
院長先生の一撃を受け、その勢いで壁に激突した村正宗。
脚を失ったが距離を取れた事で、反撃に移る時間を得た村正宗は——
「かぁっ!」
口から刀……鱗のような短い物では無く、元々の長さよりも長そうな刀身の刀を口から出し袈裟斬りのように振るった。
狙いは先頭に立つ院長先生。だが、そこに割って入る影が。
「せぇい!」
「ぐっ!邪魔でござっ、うが!?」
アイが振り下ろされる前に刀の横腹を殴りつけ、俺がレーザーガンで眼を狙い撃つ。
そして、更に。
「ぐっ……うぅ……み、右眼が、がぁぁぁ!」
「左眼は私が貰った!ジーニ!ドミニー!」
「せぇのぉ!」
「!」
ジーニさんのメイス、ドミニーさんのハンマーによるツープラトン。
ゴルフボールのように飛ばされた先には戦斧を構える院長先生が。
「一体、何も視えな―—」
「死ね」
普段の院長先生からは想像も出来ない冷たく、しかし激しい怒りを感じる声。
そこにありったけの殺意を込めて振り下ろされた戦斧は村正宗の首を捉え、斬り飛ばした。
「かっ……はっ……こ、こんな……こんな筈じゃ……」
眼を潰され視界を失い、首も落とされた。並みの生物なら即死だが……相手は魔王、いや魔神。油断は出来ない。
『せやな。実際、まだ生きとるみたいやし、首無しの胴体が動き出しても不思議やないわ。アンラ・マンユみたいに爆発とかされてもかなわんし、スクリーンで隔離しとこか』
……首無し胴体が動いたら不思議でいっぱい、とか考えるのは今更なんだろうな。頼むわ。
で、村正宗は――
「かふっ……ふ、ふふ……これで終わりでござるか……なんともあっけないものでござるなぁ……」
……胴体の方はアンラ・マンユやマイケルと同じように崩壊が始まってる。避けられない死が来た事を完全に悟ったようだ。
「おかしいでござるなぁ……拙者が魔神となれば……この世界の人間などゴミも同然だと聞いていたのに……」
「……それ、お前をこの世界に飛ばした神様から聞いたんだろうけどな。その神様にとっても想定外だったんだと思うぞ。魔神になったのに弱体化したのは」
「……魔神に、なったのに……弱体化?」
「お前、レイさんに嫉妬してたんだろ。自分を振るって戦う主に。でも、嫉妬の対象を自ら消し去った。嫉妬の対象が居なくなれば嫉妬の魔王の力は発揮出来なくなるのは当然。それと憤怒の魔王の力も全く使えてなかったろう。使うという発想も無かったのかもしれないが、怒りという感情をよく理解してないんじゃないか、お前」
「……何を、馬鹿な……拙者は人とずっと関わって来たでござる……怒りとは何なのか、よく知っているでござるよ……」
「そうかな……」
知っている事と、理解している事とは決して同義じゃないんだがな。
「しかし……拙者が怒りという感情を甘く見ていたのは……確かでござ、ろ…うな……怒りが、御母上殿をあそこまで強くするとは……」
「……ジュンの言う通り、わかってないじゃん」
「本当にな。院長先生はお前に対する怒りだけで戦っていたのではない」
アイだけじゃなく、離れた位置に居たカタリナ達も近くまで来た。安全の為にはまだ離れていて貰いたいんだが……
「それが……ベルナデッタ殿下が、どうしてもと……」
……そう言えばベルナデッタ殿下の予知ではレイさんを救える筈だった、か。今となってはもう……無理だろう、な……
「……怒り、だけでないとは……どういう意味でござ……る……」
「院長先生はね、レイさんを愛してたのよ」
村正宗の疑問に答えるのはピオラ。
ピオラは村正宗を見ながらではなく……今は泣き崩れている院長先生を見ながら答えた。
「院長先生はレイさんを愛してた。三十年以上会ってなくて、生きてるか死んでるのかもわからなくて。やっと再会出来たのに拒絶されて、また離れ離れになって。やっとまた会えたと思ったら戦う事になって、目の前で死なれて。それなのに湧き上がって来るのが怒りだけなんて……そんなわけないじゃない」
「ならば……他に何があるというので、ござる……憎悪で、ござるか……」
「それもあると思うわ。憎悪、恨み、哀しみ、絶望……そんな溢れる感情の中で怒りが表に出てただけ……今は……見ればわかるでしょ」
「……生、憎、もう、見えないで、ござる……よ……」
村正宗の胴体はもう完全に塵となり。首の崩壊が始まっている。そうでなくても眼がつぶされているのだから何も見えないだろうが。
「……人間とは、複雑な生き物で……ござるなぁ……」
「そうかもね。ならシンプルにしてあげる。貴方は愛に負けたのよ」
「愛……」
「そうよ、愛。貴方は愛を理解出来てるのかしら」
「はは……愛、でござるか……母の、愛とは……全く恐ろし……い……もので……」
「院長先生の愛だけじゃないわ。私のジュンを想う愛。オマケでその他大勢の愛。貴方は皆の愛に負けたのよ」
「……人の、心は……理、解、した、つもりで……ござったが……主、ど……の……」
何処か、反省と後悔の気持ちを感じさせる声を残して。
嫉妬の魔神は死んだ。後に残ったのは……院長先生の泣き声だけだ。
「……ジュン君。その……」
「レイの野郎は……ダメ、だったんだよな……」
周りに居た熊を倒し終えたソフィアさん、アム達も状況を察して暗い顔だ。
いや全員が同じか……
「……ノワール侯爵。厳しい事を言うようだが、これで終わりじゃない。まだエスカロンが居る。此処でジッとしてるわけには行かないぞ」
「ブルーリンク団長の言う通りだ。ドラゴン達が倒してくれていればいいが、我々は――」
「待って。まだ此処でやらなきゃいけない事があるの。まだあの人を救えてない」
「ベル?あの人って……」
レイさん?まさか……救えるのか?




