第350話 今がチャンスでした
誤字脱字報告ありがとうございます。
とても助かってます。
「レイ……レイ!」
レイさんを包んだ黒い何か……マイケルを喰らったアンラ・マンユの時と同じで危険な気配……此処に居るのはまずい!
「全員距離を取れ!あの黒いのから離れろ!」
「確かに離れた方が良さそうだ!マチルダも離れろ!」
「レイ!レイ!」
院長先生には聞こえてない……仕方ない、俺が抱える!
「レイ!ジュン、離して!」
「メーティス!スクリーン展開!」
『はいな!』
院長先生を抱えて距離を取る間は無防備になる。そこを狙われた場合に備えてのスクリーン展開だが……正解だったようだ。
小さな刀……食事用のナイフ程度のサイズの刀が複数枚飛んで来て、スクリーンに阻まれ消えた。
「これは……強力な結界?いや盾でござるか。何かを高速で流す事で壁にしている……斬ってもすぐに塞がってしまう。つまり斬るなら流れの源でござるな」
……メーティス、スクリーンを収納。また壊される前に。
『了解や。にしても……声の感じ、変わっとるな』
今はまだスクリーンで魔神の姿は見えない。でも、さっきまでの村正宗の声とは質感が違う。
さっきまではスピーカーを通しての、或いは電話越しの声のようだった。
だけど今は……肉声。普通の人間の声のよう。
これが意味する所は……
「自分から盾を下げたでござるか。勇敢でござるな」
スクリーンの向こうから姿を見せたのは異形。
蛇……いや脚があるから蜥蜴か。蜥蜴のようなフォルムで大きさは仔馬程度。それほど大きくはないが鱗が全て小さな刀のようだ。
顔はワニのよう……もしかして蜥蜴じゃなくドラゴンか。
ドラゴンにしては細いし身体は蛇っぽさがある。
口からチョロチョロ出てる舌は蛇のようだ。
アレが嫉妬の魔神……
「醜いな……お前の性格の悪さが前面に出てるように思える」
「……拙者、まだ鏡で自分の新しい姿を見てないのでござるが……この姿は拙者にとっても予想外でござるよ。もっと人のようになると思っていたのでござるが」
……人を喰らい、刀を振るいたいと考えていたなら、人の姿になるのが自然なのかもな。
いや、そんな事よりも、だ。
「……おい、村正宗。レイさんは……どうなった」
「死んだでござるよ。わかりきってる事でござ――」
村正宗が死んだと言った瞬間、その刹那。何かが飛び出し、斬りつけた。
結界もお構いなしに突破し繰り出された一撃を一瞬早く躱した村正宗は無傷。
だけど――
「あ、危なかった……まさか拙者の結界をまるで障子を濡れ手で破るが如く突破するとは。お見事でご――聞く耳もたずでござるか!御母上殿!」
飛び出したのは院長先生……無表情で攻撃を繰り出している。その攻撃が外れる度、壁や床に亀裂が走る。余波で熊が吹き飛び、壁が崩れる。
城という頑丈な建物だから崩れないが、普通の家だったらとっくに崩れている。そんな攻撃を繰り出し続ける院長先生。その動きは本気の俺に匹敵する。さっきまでの院長先生とは殆ど別人だ。
「何だ、アレは……元Sランク冒険者とは聞いていたが、此処まで凄まじい力を持っていたのか」
「ブルーリンク団長……熊は終わりましたか」
「ああ、もうじき終わる。それより、アレが魔神だな。という事は……レイとやらは」
「……喰われました」
「……そうか。それでああなったか……」
今、院長先生は完全にブチ切れている。以前、ジーニさんの頭を踏んでいた時とは比べるべくもない。
「……ウチ、何にも出来なかった」
「アイシャ殿下……しかし、院長先生がああなったのはわかるが、それでもあの力は異常だ。何らかのギフトか」
一撃一撃が全て必殺の威力。それを途切れる事なく繰り出し続けている。魔神村正宗が受肉したばかりで己の肉体に慣れていないのも理由の一つとしてあるのだろうけど、それでも回避に徹するしかない程に圧倒してる。
「アレがマチルダのギフトだ。感情の高ぶりによって能力が強化される」
「怒り。それが最も強化される感情です。あれほどまで強化されたマチルダは見た事がありません……」
「息子を殺されたんだ。当然だな……私とて二人の娘を持つ母親だ。その怒り、よくわかるぞ」
怒り……感情によって強くなるギフト、か。でも、今の院長先生の中にあるのは怒りだけじゃなく、悲哀もある筈だ。
二つの感情に支配された結果、魔神をも圧倒する程になった、か。
「マチルダが戦闘になると人が変わるのは、ギフトを使いこなそうと試行錯誤した結果らしい」
「あんなでも強くなれるのだから優秀なギフトだと思っていたけれど……」
「……」
なるほど。それは確かに優秀なギフトだ。でも、あれほど強化されるギフトがノーリスクで使えるものなのか?
『……そんな美味い話は無さそうやな。院長先生をよっく見てみ』
ん……そのパターンか……
「……このまま院長先生に任せっきりとは行かないようだな」
「ああ……過去最高にキレてた時の強化では戦闘後にガタが来てたがもう限界か」
「現役でも無いのだから当然、かしらね。ドミニー、いつでもフォローに入れるようにお願いね」
「……」
院長先生の身体は、至る所から出血していた。強化された力に身体が耐えきれていないのだろう。
このままじゃ、どう考えても限界が先に来る。いや、その前に動きが鈍った途端、魔神に殺される。
「痛みは感じてないのか気が付いてないのかわからないけど、今すぐ援護に――」
「何だ?マチルダの傷が塞がって……いや、元に戻ってる?」
アレは、もしかして……ベルナデッタ殿下の力か!
少し離れた位置でカタリナとイーナ、ピオラと共にいるベルナデッタ殿下は祈りを捧げるように眼を瞑り跪いている。
治癒……いや、時間の巻き戻しによる復元か。これで今すぐ院長先生が危機に陥る事は無さそう――
「ええい!鬱陶しい!いい加減にしつこいでござる!」
「! 何かするつもりだ!全員警戒しろ!」
ブルーリンク団長の叫びに全員が防御態勢に入る。熊と戦ってる団長達にアム達も。
俺はベルナデッタ殿下達も含めて結界とスクリーンを瞬時に再展開する。
それに合わせたかのように飛んで来る無数の刃。最初に見せた小さな刀を飛ばす攻撃。アレを全方位に放って来た。
どうやらアレは体中を覆ってる鱗を飛ばす攻撃だったようだ。
この程度の攻撃なら普通に武器で弾くなり盾で防ぐ事が出来る。だがダメージを負えば塵となったアイアンゴーレムと同じ末路になるらしい。
巻き添えで熊が攻撃を受け、塵となって消えるのが視界の端で見えた。
そして院長先生は――
「ぐっ!む、無傷でござるか!?」
「凄い……あの至近距離で攻撃されたのに全てを斧で捌ききった!」
「凄まじいまでの速さ……それに動体視力。怒りで我を忘れていても状況に合わせての的確な判断。素晴らしい戦士だ。とても引退した五十代の元冒険者とは思えん」
確かにブルーリンク団長の言う通りだと思う。院長先生が凄い戦士だから無傷で居られるのは確かだ。
だけど、それだけじゃない。どうも村正宗はアンラ・マンユに比べて魔神になったにしては弱いような気がする。
少なくともアンラ・マンユより受ける圧……プレッシャーが弱いように思う。
『わいも同意見や。魔神に成りたてで力を使いこなせてないとか、そんな話でもなさそうやで。明確な理由がある筈や』
魔神に成りたてってのはアンラ・マンユと同じだものな。
なら……村正宗とアンラ・マンユで何が違うのか。それは――
「くっ!何故でござる!何故、魔神となった拙者が一人の人間に此処まで苦戦するのでござる!それもあの未熟者の母親如きに!拙者にはかつての主達と歩んで来た戦いの記憶、知識が全てが備わっている!それなのに!」
「……その経験ってさぁ。あんたが人間の手に納まってた頃の話でしょ。知識だって人間が刀を持って戦う時に必要な知識でしょ。戦術や戦略の知識があるにしたってそう。人間の為の知識が殆どで、四足歩行のバケモノが戦う為の知識なんて皆無に等しいんじゃない?」
「なっ……それ、は……ぐう!」
……なるほど。アイの言う通り、村正宗の動きが悪いのはそういう事だろう。でも村正宗がアンラ・マンユより弱いのはそれだけじゃない。
他にも何かあるはず……何かが。
『……院長先生、爆発せえへんな。あれだけ怒りで満ち溢れてるのに』
いや、それは憤怒の魔王だったレイさんの能力で……ああ、そうか。今は村正宗が取り込んでるから使える筈。でも使わない、使えても上手く使いこなせてないのか。
『そうやろな。思えばアンラ・マンユも色欲の魔王の力を使うてたけど、大したもんやなかった。それだけやのうてアイツ、苛立ってるように見えるけど怒ってはないんちゃうか。それよりも焦りの方が大きいと見たで』
憤怒の魔王の力は使いこなせていない、いや使えるという事が頭にないのかもしれないな。
それと……今、思いついたんだが。もしかしてアイツ、今は何にも嫉妬してないんじゃないか?
『うん?どういう事や?』
アイツ、レイさんが妬ましかったと言っていた。自分を振るって斬る事が出来るレイさんが羨ましい、妬ましいと。自分で自分を使って斬る事が出来るんだろ?本来の村正宗の姿は何処にも見えないが。
『つまり、今は嫉妬の対象が居らんから嫉妬の魔王の能力も十全に使えてない、ちゅうことか。なるほどなぁ、アンラ・マンユより弱いわけやで。それならマスター?』
ああ。アイツを倒すなら……
『今しかないっちゅうこっちゃな!やったれマスター!レイの仇を取ったるんや!』
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