第331話 探ってました
~~レイ~~
「ただいま。大人しくしてたか」
『大人しくしてたでござるよ。御帰りでござる、主殿。ご機嫌斜めのようで、何よりでござる』
「……主が不機嫌なのを喜ぶな、駄剣が」
『……せめて駄刀と言って欲しい物でござるな』
ノワール侯爵らとの会話を終えて僕が泊っている部屋に戻ると、すぐに駄剣が話かけてくる。
あの能無し代官の怒りを吸ったから、僕は確かに怒り心頭だ。だが、怒りをコントロールするのももう慣れた。
こうして深呼吸を繰り返せば……
「スゥ~ハァ~……よし」
『お見事。とはいえ自分の感情の制御など達人であれば出来て当然でござる。怒りは人を強くするが弱くもする。くれぐれも忘れないようにするでござる』
「何度も聞いたよ。わかってる」
『ならいいのでござる。ところでどうでござった、噂のノワール侯爵とやらは』
「ああ、彼は思った通りの……いや、思った以上の強者だよ。強くなったからこそわかる。僕だけの力じゃ敵わないだろうね」
『ほほう。それはそれは』
正直、魔王になって鍛えに鍛えた今なら僕の方が強いと思ってた。でも彼は想像以上、そして本物だ。エロース様の使徒なだけある。僕一人じゃ勝てない、確実に。
だけど……
「お前と一緒なら勝てる。頼むぞ、相棒」
『無論でござる。拙者の力で塵に変えてみせるでござる』
そう、こいつと力を合わせれば勝てる。主を小馬鹿にして煽って来るような駄剣でも、こいつの力も本物なのだから。
「だけど、だ。ノワール侯爵にも強い味方が大勢いる。中でもファフニール様は危険だ」
『ファフニール様?何者でござる』
「前に一度話した事があったろう。エロース教の守護龍。もう一人のエロース様の使徒と呼んでも過言じゃない、魔王に匹敵する強さを持ったドラゴンだ」
他にもアイシャ殿下と五大騎士団団長は警戒対象だ。一人一人は魔王に及ばないが、数人掛かりで来られれば邪魔になる。
『ほほう……それは興味深い存在でござる。龍殺しとは拙者が居た世界では畏怖と畏敬の念を込めて呼ばれる肩書でござるよ。この世界ではどうなのでござる?』
「……概ね、似たような感じだろうけど。僕はファフニール様と戦う気はないぞ」
『……それは残念でござる。では予定通り他の魔王に任せるつもりでござるか』
「ああ。ファフニール様含め、その他大勢はエスカロン殿にお任せしよう」
国王であるエスカロン殿にも部下は大勢いる。ノワール侯爵の取り巻きの相手はその部下に任せればいい。僕とノワール侯爵の戦いが邪魔されなければ、それでいい。
それにファフニール様の相手はエスカロン殿と強欲の魔王のペアの方が適任だ。
『母親はどうするでござる。エスカロン殿の部下の相手をするとは思えないでござるが』
「……それでいいさ。あの女の眼の前で大事な息子を殺してやる」
『主殿が殺されても母親にとっては地獄でござろうな。しかし決着が付くまで黙って見てるとは思えないでござるが』
「手足を斬り落とせばいい。絶望の底に叩き落してから殺してやるさ」
『……歪んだ愛情表現でござるなぁ』
愛情表現? 冗談じゃない。僕はあの女を母親だなんて思っちゃいない。三十年以上も離れて暮らしていたのに、急に現れて母親面してるだけの、僕を不幸にした女だ。
「それより、お前はどうだった。僕が居ない間に何か変わった事は。誰かにお前の存在を気取られたりしてないだろうな」
『拙者はそんな間抜けではござらん。拙者の隠形は完璧でござる。無論、魔王の力も例外ではござらん。未熟な主殿に心配される謂れはないでござるよ』
「……お前はいつも一言余計なんだよ」
まぁ、刀に元々気配なんて無いんだろうけど。それを抜きにしても魔王の力を隠す事。それはこいつの方が長けているのは確か。
魔王の力……以前、ファフニール様が言っていた強者の気配。それは近くであれば一般人でも魔獣でも動物でも。余程鈍感でなければ感じ取れるものらしい。
多少なりとも鍛えてる者ならば近い程敏感に。隠す事が出来なければ僕の存在を気取られる事無く、ノワール侯爵に近付く事は出来なかったろう。
『しかし何事も無かったわけではござらん。侵入者が居たでござる』
「……何? ノワール侯爵に寝返ったとかいう元暗殺者達か?」
『メイド服の女はそれでござろうな。他にも妙なからくり仕掛けの飛行物体に、姿の見えない何かも飛び回っていたでござる。今も屋敷と街中、街の外周を探ってるようでござる』
「……今、この部屋は大丈夫なのか?」
『でなければこうやって呑気に話してないでござるよ。自分で気配を探るか、少し考えればわかるでござろうに。やはりまだまだ未熟でござるな』
……だから一言多いんだって。
それにしても気になるな……元暗殺者は兎も角、飛行物体に見えない何か?
「……その飛行物体と見えない何かについて、お前の予想は?」
『……さぁ?拙者はこの世界の生まれではないのは主殿も承知でござろう。この世界の知識に乏しい以上、確度の高い予想など出来んでござる。主殿の方が心当たりがあるのではござらぬか?』
「そう言われてもな……僕だって博識なわけじゃない」
からくり仕掛け……魔法道具の事か?見えない何か……何らかのギフト?いや、これも魔法道具か?
『因みにどちらも複数でござる。からくり仕掛けの方はそれほどの数ではござらんが、姿が見えない何かはかなりの数存在するでござる。数百はくだらないでござるよ』
……そんな数の魔法道具を用意……出来るものなのかな。それか……他者を透明化するギフトか何か?
「……ダメだ、わからないな」
『そうでござるか。しかしノワール侯爵の手の者と考えておくのが吉でござろう。何せ、今現在の明確な敵は彼の者だけでござるからして』
「……そう、だな」
帝国の者、という線もあるけど、帝国は完全にノワール侯爵側になってるし同じ事か。
『ところで他に目立った強者は居なかったのでござるか。帝国もそれなりの数が居たのでござろう?』
「帝国に目立った強者は居なかったな。精々が近衛騎士団長と皇女に一人。あとは特に、だな」
『それはそれでつまらぬでござるなぁ……誰か来たようでござるよ、主殿』
……此処には誰も近づけないよう、屋敷の使用人達には言ってある。となればまた元暗殺者か見えない何か――
「(レイ、聞こえる?御話しがしたいのだけれど――)」
『……御母上のようでござるな』
……チッ。本当に煩わしい。此処で殺し――いいや、ダメだ。まだダメだ。今はまだ――
「(レイ、レイ?お願い、此処を開けて頂戴―—)」
……早く失せろ。僕が我慢出来なくなる前に。
~~サーラ~~
「――それじゃ報告を聞きましょうか」
「はい、姫様」
歓迎の宴の途中で宰相には気分が優れないと偽って抜けさせ、屋敷内を探らせていたのよね。本来ならそういう訓練を受けた諜報員を使うのだけど、今回は宰相が自分でやると言い出し、実行してみせた。
腹が立つ部分も多いけど、間違いなく有能で多芸なのよね……
「ところで姫様呼びに戻ってるじゃないの。他国では陛下って呼ぶんじゃなかったの」
「確かにそう言いましたが、今は我々しかいませんからな」
……まぁいいわ。今は報告が先。
「で、何かわかった?」
「残念ながら大した事は。あの代官を見ればわかると思いますが、エスカロンはあの代官は重用してないようで。重要な情報は何も渡していないようですな。ただ――」
「ただ?」
「式典に集まる招待客の警護、街道警備の増員という名目で各街の騎士や兵士を王都に寄越すよう指示があったようですな。今、ドライデンの王都以外の街には最低限の兵力しか残されていないようですな」
……それって見方を変えれば戦力を集中させてるともとれるわけね。
「宰相、貴女はどう思う?」
「先ず間違いなく戦闘になるでしょうな。退路の確保、それから援軍を出発させておくべきでしょうな」
「そうね……帝国軍だけでなく、傭兵団もね」
「姫様が事前に手配した傭兵団ですな。承知しました」
フッ……こんなこともあろうかと。ちゃんと準備はしてあるのよ。ベッカー辺境伯領には一個師団が待機してるし、身軽な傭兵団も三つ、ドライデン国内に待機させてる。勿論秘密裏に。
大金が吹っ飛んだけどね!大金が!
「それからフィーアレーン大公国にも軍を出させるべきでしょうな」
「……マルレーネが居るから?そりゃ次期大公たる公子が危険となれば大公も黙ってないでしょうけど、今から軍を出させて間に合うわけないじゃない」
「実は私の方で連絡しておきましてな。フィーアレーン大公国御自慢の天馬騎士団二百騎、ベッカー辺境伯領で待機中ですな」
「……またベッカー辺境伯のストレスが溜まってそうね」
でも天馬騎士団は使えるわ。二百騎も居れば妹達やジーク殿下ら重要人物を連れて逃げるくらいは出来るはず。
ノワール侯爵は……逃げないんでしょうね。困ったものだけど……そんなとこも好き。
「桃色な空気を出してる所、申し訳ありませんが姫様。こちらを」
「ハッ……んんっ……陛下と呼びなさい。で、何よ、これ。請求書?」
「経費の申請書ですな。今回情報を得るにあたって人を雇いましたので」
「……あんたが自分で調べるとか言ってなかったかしら?」
「私主導で調べましたとも。確実に情報を得る為に、その道のプロを雇っただけですな」
……そりゃその方が確実なのは道理だけど。
「一体いくら……金貨1000枚!?何よ、この出鱈目な金額は!?今日一日、一度だけの依頼よね!?」
「元Sランク冒険者で現役のギルドマスターですからな。秘密性を保つ為、王国側には報告しないように口止め料込みですな。短時間とはいえしっかり仕事をしてくれてますし、むしろ安い方ではないですかな」
「……後払いでいいのかしら」
「一週間は待ってくれるそうですな。あとは一日遅れるごとに一割の利子が付く契約ですな」
「どんだけがめついのよ!」
「非公式な依頼な上にやらせた事は犯罪になるわけですからな。それにノワール侯爵との結婚式の資金にするそうで。御金が必要なようですな」
「……結婚式の資金?」
「ノワール侯爵も相当な御金持ちなはずですが。男に御金を出させるのは女の恥とか言ってましたな」
……私もそう思うけど!ただでさえ傭兵団雇ったり一個師団を動かしたりで御金無いんだけど!?
「宰相……御金、何処かにないかしら……」
「勝てばエスカロンに賠償させればよろしいのではないですかな」
……そのエスカロンをぶっ殺す事になると思うのだけど。賠償金……誰が払ってくれるのかしらね……




