第328話 こっちでもあっちでも、でした
「さぁ、どうぞ。勿論、毒なんて入ってませんから、ご安心を」
ミトラスで始まった歓迎の宴。その席で、俺と同じテーブルをに居るのはジーク殿下とシルヴァン。そしてレイさんだ。
この部屋は大部屋ではあるが、全員が入る事は出来ないので王国と帝国からの使用人と護衛は大半が別室で歓待を受けている筈だ。
他に此処に居るのはアイにアニエスさん、ブルーリンク辺境伯。ベルナデッタ殿下と五人の団長。カタリナは居るがイーナは居ない。
帝国皇家と宰相。そして護衛と侍女が数名。
院長先生は別室に案内されたので此処には居ない。出来るなら護衛として入れてあげたかったが…とても冷静では居られなさそうだし、やむを得ない。
代わり、と言ってはなんだけど……
「儂にも貰えるかのう、レイよ」
「…ファフニール様。いらしたのですか」
「寂しい事を言うのぅ。儂は直ぐにお前さんに気付いたと言うのに。一緒に旅した仲じゃろ」
「…アレは旅と言っていいのでしょうか。まぁ、どうぞ。ブランデーでかまいませんか」
図らずも男五人、固まる結果となった。
それを見て、アズゥ副団長がジーク殿下の近くに。ソフィアさんとイエローレイダー団長も近くに来てる。他の護衛も、それとなく移動。皆、いざという時には瞬時に割って入れる位置だ。
因みに精霊達は天井付近にイフリートとシルフィードが待機。屋敷周辺にはノームが警戒してる。ウンディーネはパメラの側だ。
メーティスが偵察機で警戒してるし、余程の事が無い限り、此処を奇襲なんて出来ない筈だ。
…狙いが俺ではなく、別室の誰かなら話は別だが。
「そう警戒しなくても大丈夫ですよ。今日、この場で何かしようなんて気はありません。少なくともこちら側には」
「…含みのある言い方だね。僕達アインハルト王国の人間が何かするとでも?」
「そうは言いませんけどね。ところで貴方は?」
「ふん。僕はジーク・エルム・アインハルト。ジュンは僕の親友だ。ジュンの敵は僕の敵だという事を覚えておくといい」
「そうですか。貴方が噂の王子様で。そして残念な――」
「そして僕こそは!アインハルト王国一番の美少年と名高い!シルヴァン・ナルシス・ノールです!」
「……あ、うん、はい。そうなんだ?」
…シルヴァン君、空気読もうか。どういうわけか周りでキャーキャー言ってるメイドがさっきのマノンちゃん以外にも居るし。誇張じゃないと認めてあげるから。
「フッフッフッ…そうなんです!フッフッフッ…うごうぁ!トゲがぁっ!」
「シルヴァン様ぁ!?大丈夫ですかっ!」
…何処からか取り出した薔薇を咥えて血流しとる。今日のギャグ要員はシルヴァンらしい。薔薇を用意するならトゲの処理くらいしとけ。
「……あ~……え~……何の話をしてましたっけ」
「此方には敵意が無い云々の話じゃが、もうええじゃろ。そんな事よりもはっきりさせたいんじゃがな、レイよ」
「……なんでしょう、ファフニール様」
「お主が魔王なのか。お主は儂らの敵になったのか。答えてもらおう」
ピシッ
一瞬で空気が張りつめ、誰も触れてないワイングラスに亀裂が入る。まるで空間にまで亀裂が入ったかのように錯覚する程のプレッシャーがファフニール様から放たれている。
周りの護衛にも緊張が走り、武の心得が無さそうな使用人達は怯えている。
流石は永く生きるエロース教の守護神。もの凄い殺気だ。
しかし、その殺気をものともせず、変わらない調子でレイさんは応える。
「ええ。僕は憤怒の魔王になりました。自分で望んだわけじゃありませんけど」
「……ならば、お主は」
「ですが。僕にはエロース教を、ファフニール様を敵にしたいわけじゃありません。結果としてそうなってしまうのでしょうけど」
「つまり、俺ですか」
「ええ、ノワール侯爵。僕は貴方の敵です」
ピシッ ピキキッ
今度こそ空間に亀裂が入ったかと思う程の殺気が、ファフニール様だけでなく周りからも放たれる。
が、それでもレイさんは怯まない、怯えない。
「ならば、レイよ。儂が此処で――」
「さっきも言いましたが此処では何もしませんよ、此処では。僕の表向きの立場はエスカロン殿の部下です。エスカロン殿に招待されて来た貴方方が此処で僕を殺すのは外交上とても良くない事になるのでは?」
「…小賢しいのう」
「……逆も然り、じゃないかい、それは」
「それはそうなんでしょうが、僕には関係ありません。でも、そちらから手を出すのは問題になる。そういう事です」
此方から手を出すまで大人しくしてろって事になるんだが。そんな虫のいい話あるかね。
「…神に言われたから、俺を狙うんですか」
「それも理由の一つですね。ノワール侯爵がエロース様の使徒なのでしょう?」
「……違うと言っても信じてもらえないんでしょうね」
「ええ。仮に違ったとしても僕は貴方を殺したいと思ってますよ」
……それは、院長先生絡み、か。俺に対して思う処がある…それはわかる。自分の母に育てられて自分と同じ名前を付けられた存在。気に入らないのはわかる。
しかし、殺したいと思われるほどか?黙って受け入れるつもりはないぞ。
「ノワール侯爵に思う処は……まるで無いとは言いませんが、恨んでるわけじゃありませんよ。僕が許せないのはあの人ですから」
「あの人って――」
「何の話してるの。ウチらも混ぜてもらっていい?」
「……」
と、そこへアイがベルナデッタ殿下と一緒に会話に割り込んで来た。ベルナデッタ殿下は心配そうに俺…俺達を見てる。
「アイ……ベルも一緒か。代官の相手はもういいのかい」
「ああ、うん。それどころじゃない殺気を感じたんだけど、大体の事は察したから、それはいいわ。で。その代官の事で来て欲しいんだけどね、レイさんに」
「……僕に?何事でしょうか、アイシャ殿下」
「ふうん?この殺気の中で平気なんだ。で、代官なんだけどさ~悪ノリが過ぎるから、止めて来てくんない?」
「悪ノリ?」
「そ。ほら、アレ」
アイが指差す方向でも、何やら騒ぎが起きているようだ。こっちとは違い、静かな殺気ではなく騒がしい怒号が聞こえる。
「チラっと聞いたけど、レイさんてドライデンのお偉いさんなんでしょ。今は。アレ、なんとかしてくれない?」
「………はぁ。仕方ないですね。外交官なんて建前だと思ってたんですけど」
どうやらアッチでもそこそこの面倒が起きたらしい。




