第323話 頭痛の種でした
「…ポラセク団長の事は気にしないで。全員乗ったかしら、ローエングリーン伯爵」
「ええ。こちらはいつでも出発してもらって構いません、皇帝陛下」
「あ、ちょっと待って。こちら側の人間がまだなのよ」
こちら側って…帝国の人は下船してない筈だが。更にもう一隻船が来るとでも?
「ああ、今戻ったようですぞ、陛下」
「陛下って呼びなさい…あれ?」
宰相は船の下…河を覗きこみながら戻ったと言った。
それはつまり…
「たっだいま戻りました〜」
河からザブンと飛び出て、二本足に変身しながら船に降り立ったのは人魚。それもいつぞやのミズンと名乗った人魚だ。
「人魚…傭兵団を雇ったのですか」
「ええ。船の護衛にはこれ以上ない存在でしょう?」
「この河にも魔獣は居ますからな。魔獣以外の襲撃もありえますし」
それは確かに。水中の敵の対処は普通の人間には難しい。
まっ、俺には出来ますけど。そりゃあもう、難なくこなして見せまっせ。
と、言ったところで俺に戦わせてはくれないんだろうけど。
『学習したやん。まぁ、恐らくは魔獣の襲撃は無いわ。院長先生、マジヤバやし』
ああ…闘志と殺気が漲ってたからな。帝国騎士もビビって道開けてたし。
「久しぶりね。元気だった?」
ミズンは皇帝陛下に何か報告をして、それが終わったら真っ直ぐに俺の処まで来た。
「…ああ。貴女はエスカロン…陛下に雇われてたんじゃないのか?」
あの時、俺は身分を隠していたがバレバレだったみたいだし、今はいい。
「とっくに契約は切れてるわよ。私達は傭兵団。雇い主はしょっちゅう代わるものよ。エスカロンは良いお得意様だったけど、専属だったわけじゃないし。私達の傭兵団は特定の主を持たないしね」
「そういうもんか」
「そういうものよ。ところで…前回は断られたけど。どう?私と一発」
「命が惜しかったら、その先は言わない方がいいぞー」
王国の人間も帝国の人間も。凄い眼で睨んでる。あと、オマケで公子も。
「…そうみたい。残念。貴方なら皆気に入ると思うんだけど」
「皆?」
「傭兵団だけじゃなくてね。人魚族の皆。私達人魚は男が産まれないから。報酬代わりに男を充てがってもらう事だってあるの。貴方なら人魚族の誰もが喜んで迎えるわ…じゃ、今夜また誘うわね」
…人魚って男が居ないのか。それって俺の子でも確実に女って事か?
『あ〜…マスターの子は九割男児になるけど、流石に人魚の子は女児やな』
そりゃ良かった…いや、別に人魚と子作りする予定は無いが。
種族の特性まで突破するようなら、それはそれで問題になりそうだし。
人魚族初の男児誕生!父親はノワール侯爵!…なんてニュースが広まった日にゃ。
どんな事になるか想像つかん。というわけで今夜のお誘いとやらもスルー確定で。
「ノワール侯爵、そろそろこちらへ。今後についての話し合いをしますので」
「レオナちゃんは横になってれば?会議に参加しても無意味でしょ」
「………馬鹿を、言え、黒薔薇騎士団の団長、が………オロロロ……」
…船はもう動いてはいるのだが。まだ一分と経過していない。
なのにもう限界を超えていらっしゃる…河に吐いてるけど、この船は皇家自慢の船だそうで。
ポラセク団長…まずいんじゃない?
「乗り物酔いは克服出来なかったか…母乳は出せるようになったのにな」
「肉体操作のギフトに磨きがかかったのは確かだけど。今こそなんとか出来ないの、レオナちゃん」
「…………」
「既に喋る気力もないみたいね…」
「ポラセク団長、無理せずに船室で横になっててください」
というわけでポラセク団長は退場。特訓で乗り物酔いは克服出来ず。
成果は母乳が出せるようになっただけ…いや、一応他にもあるんだが。
巨乳になったり指だけ長くしたり…操作可能な範囲が細かく出来たり広く出来たり。アンラ・マンユのように爪を伸ばしたりも出来るようになってた。
だが顔の操作は出来ないまま。巨体化しても顔だけは小さいままというアンバランスなままだ。
乗り物酔いの原因とかは詳しくは知らないが、三半規管を強化出来れば改善出来そうに思うのだが。
「えっと…うちの者がすみません」
「…い、良いわ。それにしても…以前は見てない顔ぶれが居たわね。後で紹介してもらうとして…そちらの方は先に紹介していただけるかしら」
「あ、はい。この子はウチの妹で…」
「ベルナデッタ・ウル・アインハルトです。お見知りおきを、皇帝陛下」
……おお。ベルナデッタ殿下が王女らしい挨拶をしている…ただそれだけなのに、感動しちゃう。
「ほう。ベルナデッタ殿下はあまり表舞台に出ない方とお聞きしていたのですがな。私が知る限りでは今回が初の外交となるのでは?」
「はい、その通りです」
「何か特別な理由でも――」
「そこまでにしていただきたい、宰相閣下。ベルナデッタ殿下が御参加された事に理由はあるが、それは貴女が知るべき事ではない」
「…そうですか」
アニエスさんからの警告でアッサリ引き下がる宰相。
今のやり取りだけでベルナデッタ殿下には特別な何かがあると、勘の良い人間なら気付くだろう。
宰相は気付くだろうし、皇帝陛下も…気付いてそうだな、この顔は。
「…いいわ、仕事の話をしましょ。宰相」
「はい。我々は現在、船で進んでいるわけですが、何事も無ければ明日の夕方にはドライデンの河港都市ミトラスに着きます。ミトラスで一泊した後に王都ガリアまで陸路を進む事になり、こちらも何事も無ければ二日、多少ゆとりを持って進んでも三日で済む行程…なのですが。少々不安材料が」
「難民、ですか」
「それもありますが、難民は外国…我が帝国を目指している筈ですので王都に進む程遭遇しなくなるでしょう。王都と周辺都市は比較的治安が良いようですから。それよりも問題は男が代官をしてる街と盗賊ですな」
「男の代官に盗賊…どちらもあたし達には関係無いんじゃないの?どっちもドライデンの問題だろ?」
「カサンドラ…関係無いなら問題にしないわよ。…盗賊に私達が襲われる心配は無いわ。此方は帝国と王国、併せて千人以上の団体。自分達より遥かに人数の多い集団を襲う盗賊団なんて居ないわ」
「問題は道中に盗賊の被害に遭った町や村、難民らと遭遇する可能性が高い事ですな。その時…助けてしまうのでしょう?ノワール侯爵は」
「あー…」
そりゃあ、ね。今まさに盗賊に襲われてますって人がいたら当然助けるだろうし、盗賊被害に遭った町や村に立ち寄ったら……うん、怪我の治療くらいはするんじゃないかね。
俺だけじゃなく、皆そうすると思うんだが。
「それって何が問題なの?ジュンじゃなくても助けると思うんだけど。ウチだって助けられるなら助けたいと思うんだけど」
「助けた後が問題なのよ。助けた後、はい、さようなら、とはいかないでしょ。少なくとも近くの街や村まで送らないと。図々しい奴なら家臣にしてくれとか妾にしてくれとか言って王国まで付いて来ようとするわよ」
「ああ~…うん、想像できる」
俺も想像出来た。難民を助けたら、そりゃ外国に行きたいんだから連れてってくれってなるわな。俺達は外国の人間なんだし。でも俺達は王都ガリアに行きたいわけで。目的地は真逆。そりゃ連れて行けない。
『いやいや。わかっとるくせに。命の危機って時に颯爽と現れたイケメンに惚れて一緒になりたいってシンプルな思考やん。難民どうこうやなく、マスターに惚れて一緒に付いて来ようとする人間で溢れることが不安なんやろ』
………だからって見捨てるのも気分悪いだろ。
『別にマスターが動かんでもソフィアらがおるやん。帝国も近衛騎士団がおるし。見捨てたらマスターに嫌われそうって思っとるから皇帝らも問題にしとるんやろ』
俺は黙ってみてろって事か…余計なトラブルを生まない為に。うう~む…
「国境を越えた難民を受け入れるのと保護した者を連れ帰るのは事の本質が異なりますからな。まぁ、そちらはノワール侯爵に会わせないようにするだけでかなり手間が省けると思いますがな」
まるで俺という存在が問題を助長してるかのような言いぐさはやめて欲しいものだ。俺は助けられる人は助けたいってだけよ。
「より問題なのはドライデンの男ですな。此処がドライデンである以上、男達はドライデンの法で護られます。普通に考えれば他国の皇族、王族に無礼を働く事は無い…のですが」
「まともな教育を受ける事無く重要な役職に就いた男ばかりだから。今まで虐げられた反動か、かなり好き勝手やってる男ばかりで。それが原因でドライデンは乱れ、多くの難民を出しているわけだけど」
帝国もこちらと同程度の情報を持っているらしい。難民を出した原因は男達……あれ?
「今思ったんですけど王都ガリアとその周辺は安定してるんですよね。なら他国へ行くんじゃなく、その安定してる地域へ行くんじゃ?どうしていきなり難民になるんです」
「ああ、それは…何やら騒がしいですな」
ずっと甲板で椅子と机を並べて話をしていたのだが。背後…船尾の方が騒がしい。
敵襲、では無さそうだが…メーティス?
『はいはい。ん~……あ~……なんで居るんやろな。わいとしては歓迎やけど、マスターらにとっては頭の痛い事やな』
は?……嫌な予感。
「やぁやぁ我が友よ!此処に居たか!会いたかったよ!」
「…………ジーク殿下」
…もしかして密航ですか。ああ…ほんとに頭が痛くなって来た…




