第140話 やっぱりでした
「いやいやぁ、アイシャ殿下とノワール侯爵が我が領地に向かってると聞いたのは昨夜なのですが、大慌てで此処まで来ましたよ。御蔭で寝不足で。少々疲れた顔をしてるでしょうがお見逃し頂きたい」
そうは見えないですけどね。本当に楽しそう、嬉しそうに見えますけども。
「さぁさぁ!歓迎の宴の用意は整ってますよ。なぁロッソ子爵」
「は、はい…そ、そそ、それはもう。全力でやらせていただきました、はい」
堂々と大物感溢れるレッドフィールド公爵の左斜め後ろに控える人物がアマリロの代官、ロッソ子爵か。
オドオドとした態度のレッドフィールド公爵とは真逆の小物感のする白髪交じりの四十代くらいの女性。流れる汗をしきりにハンカチで拭いている。
そんなんで代官なんて勤まるのかね。
「(見た目に騙されない方が良いわよ。ロッソ子爵はレッドフィールド公爵が信頼する家臣。代官としての統治能力は完璧だし、くせ者と評する人も多い。侯爵のジュン君や殿下先生に何かする事はないと思うけど、ね)」
いつの間にか俺の隣に来ていたソフィアさんが耳元で囁く…のは良いんだけど、そこまでくっつかなくて良くない?あと、腰に手を回す意味よ。
…で、くせ者ね。オドオドした態度からはとてもそんな評価は下せないが…だからこそくせ者なのかね。
でも俺もアイも、ソフィアさん達もレッドフィールド公爵の敵というわけじゃない。何か仕掛けて来るとしても俺に女をあてがうとかだろう…ハニートラップ的な。
『ないで、この世界にそんなん。大昔はあったやろうけど。あるとしても逆やな、逆。女に男をあてがうんや』
…そっスか。そうなると無警戒でいいとは思わんが、そこまで警戒しなくても良さそうだ。
「ささ、こちらに…おや、レーンベルク伯爵にカモンド男爵。白薔薇騎士団がアイシャ殿下の護衛か。場合によっては私の方で追加の護衛を出そうと思っていたが、無用なようだな」
「勿論です、レッドフィールド公爵」
「あたしらがいる限り、誰にも手出しさせないっスよ」
「頼もしい限りだな。しかし、私の領地内で白薔薇騎士団が護衛するアイシャ殿下、ノワール侯爵に手を出すような愚か者はいないさ。我が領地は治安の良さが売りでね。さ、宴と行こう。皆待っている」
皆?みんなって誰よ。レッドフィールド公爵関係の人間に知り合いなんて…娘の三つ子くらいしか知らんぞ。
『まぁ想像するに容易いな。どうせレッドフィールド公爵の家臣連中やろ。未婚の娘を連れて、な』
ああ…いや、なんでだよ。そんなんしてなんか公爵に得でもあるのか?てっきり公爵は三つ子娘を俺に嫁入りさせたいのかと思ってたが。
『そりゃ家臣にも甘い汁吸わせてやらなあかんって事やろ。多分、領都トレッドに着いたら周辺領主も招待しての宴に参加させられるで』
うわぁ…やだやだ。参加しないって方針は…ダメなんだろうな。
貴族になった弊害。領地を通るとなれば領主に挨拶くらいしないとダメ。アイが一緒なら尚更か。
「どうかしたかな?ささ、早く来たまえよノワール侯爵」
「…わたくしの事は眼中にないですわね」
「わふっわふ!」
…ごめん、イーナ、ハティ。俺も二人の存在が頭から少し抜けてたよ。
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パーティー会場は立食形式。急遽集まる事の出来たレッドフィールド公爵の家臣とその家族のみの集りらしく、人数はそれほどでもないのだが…
「ノワール侯爵様!御初に御目にかかります!レッドフィールド公爵の家臣、アダーニ子爵の娘、アニェーゼ・アマンダ・アダーニです!ノワール侯爵様とは是非、深いお付き合いを!」「私はバルディ男爵が娘、バルバラ・バンビーナ・バルディです。家訓で当主を継ぐまで冒険者やりながら当主の仕事を学んでますの。侯爵閣下も冒険者をおやりだとか。是非、私と冒険者としての仕事をして頂きたく」「ベアルザッティ子爵の娘、ベアータ・ベッタ・ベアルザッティです。五大騎士団の入団目指して訓練してます。侯爵様も相当な腕を御持ちだとか。私と一度手合わせを願えませんか」
速い、速いよ。早口な上に何人も同時に話すとかやめい。
メーティスのサポートで名前はなんとかわかるけど、話の内容はサッパリ入って来ない。
アイとイーナが傍にいるからくっついてきたりはしないが…その眼はギラギラ光ってる。
獲物を狙う狼の眼と変わらない。しょっちゅう見てて慣れてるけどさ…このパーティー会場、一体何人いるのさ。
レッドフィールド公爵の家臣達の挨拶が終わったと思ったらすぐに娘さん達のアピール攻撃だものな。
俺、全然食事してない…この肉とか美味そうなのにな。冷める前に食いたいな…
「んんっ、そろそろ君達は離れなさい。ノワール侯爵も食事を採りたいだろう」
「「「ええっ…」」」
と、ここで俺がウンザリしてるのに気付いてかレッドフィールド公爵が気を利かせてくれた。公爵だけあってそういう機微には聡いらしい。
てか、それなら最初から俺に近付けないで欲しい…それは無理?家臣達から娘をノワール侯爵に引き合わせるよう頼まれた?
ああ…メーティスの予想通りなわけですね。
「ところで、だ。我が領地を訪れたのはやはり『赤の楽園』に行くのかね」
「…よくおわかりで。宰相から何か聞きましたか?」
「宰相?なるほど、ノワール侯爵に情報を与えたのは宰相か。宰相からは何も聞いていない。だがノワール侯爵が抱える貴族的な案件などそうは無いだろう?ミスリルドラゴン絡みだというのは直ぐに想像が付く。となると、我が領地で該当する場所は『赤の楽園』以外にない」
…言われて見れば、確かに容易く予想出来るか。なら、ついでだ。遠慮なく聞くとしよう。
「ならさ、公爵。『赤の楽園』に居るドラゴンについて、何か情報はない?」
「大きさや強さ。鱗の色等も御存知ならば教えていただきたいですわ」
と、ここで俺が聞く前にアイとイーナが尋ねた。イーナは存在感を出す為か、少々声が大きい。
さっき無視されたのがそんなに悔しいのか?
「うん?君は…あ~…」
「イーナ・アーニャ・レンドン。レンドン伯爵家の娘ですわ。御挨拶が遅れて申し訳ございませんわ」
「ああ、レンドン家の…ドラゴンに付いての情報だね。すまないが、私も大した情報は持ち合わせていないんだ。人語を解する、巨体、光沢のあるワインレッドの鱗…くらいの情報しかない。何せ古い古い話でね。私も母から聞いた話に過ぎないのだよ。ロッソ子爵はどうだ?」
「すす、すみません。わた、私も公爵様と同程度の話しか存じませんです、はい」
宰相から聞いた話と大差ないな。鱗がワインレッドで巨体。これだけの情報でどんなドラゴンかわかるか、メーティス。
『ん~…それだけやとなんとも。レッドドラゴンは赤い鱗やけどな。同じレッドドラゴンでも多少体色に差異は出るし、ワインレッド色の鱗を持ったレッドドラゴンかているかもしれん。ただレッドドラゴンは人語を話せる事は無いし、凶暴やからな。『赤の楽園』に居るドラゴンとしてはドンピシャな感じやけど。多分違うやろ』
つまりは現時点ではまだ不明、と…やはり現地に行って探すしかないか。
「申し訳ありませんな、殿下。大した情報を御渡し出来ず」
「いいわよ。元々、雲をつかむような話なのだし」
「そう言って頂けると。ですが我が居城がある領都トレッドに大きな図書館があります。そこでなら何かしらの情報が載った書物があるかもしれませんぞ。ぜひお立ち寄りください」
「…あ、そう」
それって、アレだよな。調べる間は公爵の居城に泊まれって事だよな。
「ただ保管されてる書物は膨大ですからな。調べるのに時間がかかりましょう。その間は是非、我が城にお泊りください。何日でも構いませんぞ」
ああ、やっぱりね…その流れに持って行く為、わざと情報を集めて来なかったんじゃないか、この人。
そしてやはりトレッドでも今日と同じような流れになるんだろうな………やだやだ。




