弐の世界の真髄へ1
サヨは飛び去ったオレンジの髪の少年を追った。
サヨは弐の世界を飛び回れる「K」である。現世にいる者とは違い、弐の世界を動けるデータを持っている。
更夜の屋敷から飛んでいった少年も弐の世界を自由に動けるようだ。
「あの子はもしかすると、時神を破壊する時神……かも。ということは、おじいちゃん達を消しにいくのかもしれない」
少年はすごい速さで宇宙空間を飛んでいく。腿についているウィングを上手く動かし、右へ左へ迷いなく飛んでいる。
「動きに迷いがないから、きっとどっか目的地がある。……しかし、速いっ! なんであんなに速いの!?」
サヨは滑るように飛びつつ、少年を追う。
少年は桜の咲く不思議な場所に着陸した。どこなのかもわからないが、不気味な雰囲気を感じる。
抜けるような青空に沢山の桜の花びらが舞う。音もなく、霊もいない。不気味だが、なんだか暖かい気がする。
「……ここは……データの解析をすると……おサムライさんの上部世界? この下に本当の彼の心があるよね」
サヨは、黙ったまま歩き出した少年の後を追った。
「ちょ、ちょっと待って! あんたは……」
サヨが呼びかけると、少年がこちらを振り返った。瞳が赤く光り、どこか機械のようだった。
「破壊プログラムが起動しました」
感情のこもらない声で少年は繰り返す。
「破壊プログラムが起動しました」
「……やっぱり、こいつが時神を破壊する時神……」
サヨがつぶやいた刹那、少年がウィングを動かし、サヨに飛びかかってきた。
「なに!?」
「敵対率……七十パーセント。消滅しない程度に破壊します」
少年は機械音声のように抑揚なく話し、サヨに攻撃を始めた。
「ちょ、ちょっと! おじいちゃんとおサムライさんを消すのは待って!」
サヨは結界を張り、少年の重たい拳を受け流す。
しかし受けきれず、結界は破れ、サヨは尻餅をついてしまった。
再び、拳を振り上げた少年にサヨは必死に呼びかける。
「お願い! 言葉が通じないの!?」
サヨの呼びかけに少年は反応せず、拳を振り下ろした。
なんとか避けようとした刹那、サヨの手に何かが当たった。
「はっ……」
横目で見たサヨは手に当たった物が『刀』であることに気がつく。
なぜ、刀があるのかはわからないが、栄次の心内の上部の世界であるため、サヨはあまり気にしなかった。
「……刀」
サヨは何かを考える前に、刀を前にかざし、少年の拳を傷つける勢いで受け止めた。
少年は刀に気がつき、拳をわざと外し、空を切る。
サヨは立ち上がり、震えながら刀を構えた。
「更夜様……」
サヨは目に涙を浮かべ、飛びかかる少年を見据える。
「ごめんなさい。約束破ったサヨを許してください」
武器を構えてはいけない。
使ってはいけない。
更夜との約束。
でもサヨは結界を張った段階で少年が簡単に結界を破ってくると気がついた。刀がないと、すぐに攻撃が貫通する。
……ま、守るだけ。
自分を守るだけ。
相手を傷つけてしまうかもしれないが、仕方がない。
少年は案の定、サヨの結界を簡単に破ってきた。
「ごぼうちゃん! 弾けっ!」
サヨがカエルのぬいぐるみに命令し、カエルのぬいぐるみがサヨの命令通りに動く。
「K」は特殊能力を持っており、ぬいぐるみなどの物を動かせる能力があるらしい。
しかし、このカエルのぬいぐるみが動いても、少年の攻撃を防ぐのは難しそうだった。
今回はなんとか弾いたが、攻撃が早いため、サヨはまた体勢が崩れてしまった。
「……強すぎる……」
サヨは半泣きで結界を張り続け、刀で少年の拳、蹴りを防いでいく。
「ごぼうちゃんっ! 弾け!」
サヨは再びカエルのぬいぐるみに命令し、ぬいぐるみは少年の蹴りを弾いた。しかし、弾ききれず、カエルのぬいぐるみは真っ二つになり、光の粒になり消えた。
「ごぼうちゃんっ! うっ!」
カエルのぬいぐるみに気を取られていたサヨは少年の拳が腹に入ってしまった。
「いっ……」
腹を抑えて呻いている最中、少年の蹴りが目の前を通り、刃物のような風がサヨの頬を切り裂いていった。
「……ひっ、ヤバッ! 早く立たないとっ……」
うずくまるサヨを表情なく蹴り飛ばす少年。
「……いっ!」
少年は何かを壊すかのように足を振り上げ、サヨを潰す。
「いたいっ! やめてっ!」
サヨが必死に言うと、少年はサヨを踏みつけるのをやめ、そのまま歩き出した。
「敵対率四十パーセント、攻撃をやめます」
「……何コイツ……強すぎる。行かないで! そっちにはあの二人が! 待って!」
サヨは痛みに悶えながら、少年に手を伸ばす。
少年はサヨが呼びかけても今度は振り返らなかった。
「おじいちゃん……」
サヨは目に涙を浮かべる。
……あの時、私のお尻を叩いたおじいちゃん……、あの後、酷く後悔していたのをあたしは知ってる。
おじいちゃんがお菓子を取りに行って、いままで優しく抱きしめてくれていたぬくもりがなくなって、寂しくなっておじいちゃんを追った。
お尻も痛かったけど、おじいちゃんの言っていた事で、悲しくなったの。
「おじいちゃん、サヨ、いっぱい反省したから、もう一回だっこ……」
おじいちゃんはあたしに出すお菓子を手に持ちながら、震えていた。
「おじいちゃん……?」
忍なのに、後ろにいたあたしに気づかず、声をかけても何か独り言を言っているだけ。
「早く菓子を持って行かねば、サヨを抱きしめてあげなければ……」
おじいちゃんはあたしのお尻を叩いた方の手を見ていた。
真っ赤に腫れた手。
おじいちゃんも痛かったに違いない。
「俺があの子に罰を与えたんだぞ、俺がこんなんでどうする……。あんなにサヨを泣かせたことはないんだ。かわいい笑顔で笑う子に、謝罪させ、許しを叫ばせ、悲鳴を上げさせたことを自覚しろ」
おじいちゃんは自分に言い聞かせていた。
その時……
あたしは思ったの。
……おじいちゃん、おじいちゃんは弱いんだ。サヨは勘違いしていたよ。
「だから……おじいちゃんを守りたいんだよっ……。大切なご先祖様なんだから……。だから……だから、行かないでよっ! 無視すんなっ!」
サヨは動けないまま、消え行く少年の背に向かい、泣き叫んでいた。




