栄次と更夜4
「なぜ……」
栄次はゆっくり倒れていく更夜を震えながら見ていた。
更夜は血を吐くと、苦しそうに呻きながら「なにか」が無事か確認する。
「……っ」
栄次は戦闘に夢中になりすぎて、更夜が守った物が何かわからなかった。我に返り、ようやく視界が広くなる。
「……墓……」
栄次は小さくつぶやいた。
更夜の前に、作られたばかりの墓があった。
あの少女の墓か。
木の枝が刺さっただけの墓。
木の枝の前に白いかわいらしい花がきれいに整えられて置かれていた。
「更夜、骨すらもないのに……そこに墓をたてたのか」
栄次は更夜の傷を見て震えた。
治らない。
霊的武器を人間に使えば時間が巻き戻り、傷は癒える。
しかし……今回は治らない。
ヒトの刀を使ったから。
更夜は儚げな表情で空を見てから、自身の手を見る。
「何を……やっていたんだろうな、俺は。償いなど、どうやってもできないというのに」
ありえないほどの血が更夜から溢れ、栄次の足元も濡らす。
思い切り、斬ってしまった。
手加減すらせずに。
更夜はまた、口から血を吐いた。
もう助からない。
楽にしてやらねば。
『殺さねば』。
栄次はそう思い、心とは裏腹に、とどめを刺すべく刀を構える。
そして……栄次はそのまま、倒れている更夜を突き刺した。
……何をやっているのだ、俺は。
何をしているのだ……。
戦が長すぎた。
俺は……戦で壊れた。
歯止めがきかなかった。
初めて霊的武器を使わなかった。
初めて……人を殺した。
殺してしまった。
人間の世は戦ばかりだ。
また、過去が見える。
更夜が墓を作っている。
泣いている。
何か言っている。
「俺を殺しにきた子供はお前が初めてだった」
更夜は墓の前で優しい笑みを浮かべていた。
「更夜、あの少女に墓を」
栄次は更夜が、スズの墓をここにたてた事をはっきりと理解した。
「お前は立派だった。俺は目が悪い故、良い花がわからなかった。……これで良いか?」
更夜は真っ黒になった手に白いかわいらしい花束を握っていた。
必死に花を集めたのだろう。
「女の子なんだ、好きな花くらいあるだろう? スズ」
更夜がスズにそんなことを言うとは、栄次には思えなかった。
過去見の更夜は、栄次に見せた顔と全く違っていた。
「ずっと、ここにいた。更夜は俺が追手になってから、ずっとここにいたんだ」
栄次の唇が震え始める。
今さら、更夜を斬ってしまった事に対し、酷い後悔が襲ってくる。
……なぜ、殺そうと思ってしまった?
……なぜ、とどめを刺した?
なぜ、仕留めようと考えた?
なぜ、なぜ……と繰り返し、栄次は目から涙を溢れさせた。
胸を締め付けられるような気持ち、心に穴があいてしまったかのような喪失感が栄次を襲う。
……そうか。
俺は……『運命』が違えば、更夜と友になれたと……そう思ったのか。
この喪失感は……それなのか?
栄次はどうしようもない現実に震えた。
栄次が震える横で、最後の最期、更夜が清々しい笑みを空に向け、言った。
「俺はなんで、お前の墓なんて守ってしまったんだろうな。俺も弱くなったもんだ、スズ。次は俺を上手に殺せるぞ」
苦しそうに一度呻いた更夜は優しい笑顔のまま、死んでいった。
体が勝手に燃え始め、忍らしく顔の判別がつかない死に方。
栄次は命の火が消える様をただ、眺めていた。
……消える命の過去など、見たくない。
俺は更夜を殺して得をしたか?
なんの意味もない。
過去は進まない。
俺は、前には歩けないのだ。
「……これでは……首を持って帰ることすらできんではないか……」
栄次は更夜にそうつぶやき、情けなく泣いた。
後ろに控えていた五人の男達は栄次とは反対に、仕留めたと喜びの声を上げる。
……そんなに嬉しいか……。
この男が死んで、そんなに楽しいか。
俺は……悲しい。
なぜかな。
※※
「こんな死に方じゃ満足しないよ」
嬉々とした少女の声がする。
何度も聞いたかわいらしい少女の声。
「スズ、そうだな。お前は相討ちをさせたかったのだからな。これでは、俺が生き残っている。失敗だな」
「そうだよ。あんたらは二人とも殺さないといけないんだ。更夜を殺してくれてありがとう。だけど、あんたは死んでない」
スズの声は楽しそうだが、顔は泣いていた。何かを訴えてくる。
……私は『そんなこと』思ってないよぅ……。
栄次と更夜ともっとお話したい。お父様にはできなかったこと……甘えてみたい……。
「……これではダメか」
栄次にスズの言葉は届かず、血にまみれたまま、フラフラと歩き出す。
「もう一回……」
栄次がそう発言し、スズは子供らしく嗚咽を漏らしながら泣いた。
そして、涙が枯れ、こう答える。
「ねぇ? どうする? 次は私と更夜を救ってみる?」
「ああ、次こそは皆が死なない過去にしてみせる」
不思議だった。
栄次は繰り返す内、「皆を助けたい」のか「スズの望みを叶え、二人で相討ちして死にたい」のかわからなくなっていた。
栄次が歩き出すと、怪我が治っていく。時計の針が巻き戻り、笑顔のスズが現れる。
……俺は何がしたい?
何度も繰り返す内、栄次に疑問がわく。助けたいのか、死にたいのか……。
「俺は一体、何がしたい」
もう一度、疑問を口にする。
何回やっても同じ結末。
それはそうだ。
これは「過去」であり、「記憶」だから。
「それはお前の葛藤だ、栄次」
戻る記憶の中、死んだはずの更夜がおぼつかない足取りでこちらに来ていた。
「……更夜……」
「ここは、お前の心の中で弐の世界。『生かす』か『殺すか』の正反対な葛藤をお前自身がしているだけだ。気がつけ。ようやく言葉が届いたか。何十回やるんだ」
更夜に諭された栄次は「真実」に気がついた。
「スズもな、お前の感情で左右される。なぜなら、ここはお前の世界だから。霊は持ち主の心に染まる。夢で出てくる故人は生きている人間の心によって『恨んでいたり』、『微笑んでいたり』するだろ? 同じなんだ」
「そんな……」
栄次は頭を抑え、どこから「妄想」をしていたか考える。
気がつくと、桜が咲く不思議な場所に栄次は立っていた。
足を濡らす程度の浅さの、大きな水溜りの真ん中。辺りは薄暗いが、多数ある桜の木が淡く光っていた。
澄んだきれいな水溜りに桜の花びらが落ちる。
「なんだ……ここは……」
「ようやく、おまえの『記憶』から出られたか」
栄次の前にメガネをした更夜が現れた。当時の荒々しい雰囲気は消え、歳を感じさせるが、外見はほぼ変わらない。
「更夜なのか?」
「ああ」
栄次の問いに更夜は短く答えた。栄次の本来の心が開き、今までの嘘で固めた心が消える。
「……ならば、やることは一つ……スズの無念を晴らさねば。スズが相討ちを望んでいる」
「……なるほど。お前は疲れたのか。過去を見ることに。過去神でいることに。誰も救えないと気づいたら、俺達を使って消滅を希望するとは」
更夜の言葉は栄次には届いていなかった。
「……」
「本当はもう気持ちが限界だったんだろう? 争いばかり起きる世界に」
栄次は心に忠実に更夜を殺そうと刀を振るう。更夜は軽く避けると、手裏剣を投げた。
「相討ちで俺を殺してくれ」
栄次が自嘲気味に笑いながら、更夜の手裏剣をすべて刀で叩き落とした。
「霊の役目は辛いな。生きた者を中で導かねばならない。世界の持ち主の心に染まってしまうのも、辛い」
更夜はため息をつくと、栄次と戦い始めた。
俺は霊だ。
何回死んでも、
どうせ死なない。




