栄次と更夜3
静夜と別れた。
木暮の雰囲気は良く、優しく静夜を迎えてくれた。
更夜はまともに祝言をあげられない事を謝罪し、将来の嫁として代わりに育ててくれるよう頼んだ。ちなみに、家は望月のが上である。
「祝言も床入りも早すぎる。私は祝言まで生きられそうにない」
更夜は木暮家に、自分の生が長くないことを伝える。
木暮の当主は静夜を優しく撫でると、気の毒そうに承諾した。
「私の息子が彼女の二つ上なのです。仲良くなれるでしょう」
「……すまぬ」
更夜は頭を下げた。
静夜は木暮の息子になにやら遊びを教わっていた。楽しそうに笑っている。
「中でゆっくりお話でも? 長旅でお疲れでしょう」
木暮にそう言われたが、更夜は断った。
「いや、このまま離れる。望月はまだ続く。姉、千夜の息子が望月を立て直してくれた。今後ともよろしく頼む」
「……はい」
木暮は更夜が死地へ行こうとしていると、悟った。
更夜が離れようとした刹那、静夜がこちらを振り返った。
「おとうさま」
「……静夜、お前はこれから木暮だ。もう戦も終わる。幸せに暮らせ。ずっと愛しているぞ、静夜」
更夜は今までで一番、優しい顔をすると、振り返らずに歩きだした。
静夜の視線が悲しげに揺れているのがわかる。
……静夜、ごめんな。
更夜は夕日に向かい、ただ黙々と歩き続けた。
……あの少女は俺を殺したかっただろうな。まさか娘と同じくらいの子が俺を殺しにくるとは思わなかった。
……俺は静夜を選んでしまった。
だが……後悔はしていない。
更夜はもう、気配を探ることもしない。守るものはもうない。
ずっと歩き続け、何日も過ぎた。更夜は自分がいた屋敷付近の山にいた。かなり大胆な行動である。
戻ってきた理由はひとつ。
「墓を作る。あの子の」
近くにあった木の枝を拾い、穴を掘り、枝を刺し、土を被せる。
「平和な時代が……来るといいな」
更夜はその場に座り込んだ。
「本当はお前も……俺の娘にしてやろうと思っていたんだ。静夜の姉様になれるかと。だが俺は何も理想を叶えられなかった。それどころか、すべてをなくしたんだ。過去に殺したヤツらの恨みなら、受け入れよう。俺は、おそらくもう、幸せにはなれない。お前を殺した後にな、俺は静夜を捨てたんだ」
更夜の拳に涙が一滴、二滴と落ちる。
「全部なくなっちまったよ。嫁を殺されて、追手がついて望月から離れて、娘を捨てた。俺に何が残った? 俺の人生は……。俺の行き場のない怒りはどこにぶつければいい?」
更夜が小さくつぶやいた刹那、背後で気配がした。
……ああ。
やはり、お前か。
「栄次」
※※
栄次は運悪く更夜を見つけてしまった。
「……更夜、なぜここに……」
栄次は戸惑った。こんな近くにいるとは思わなかったからだ。
「そんなことはいい。やはり、追手はお前か。栄次」
更夜はいつもの軽薄な雰囲気で栄次に笑いかけた。
「ああ、お前を殺さねばならなくなった」
反対に栄次の表情は暗い。
「だろうな。ああ、皮肉だな。行き場のない怒りをぶつける場所を、神がよこしたということか」
更夜は開き直ったのか、不気味な笑みを栄次に向けた。
そして、そのまま栄次に襲いかかる。栄次は霊的武器「刀」を取り出すと、更夜の隠し刀をすばやく避けた。
しかし、栄次は避けきれず、胸を薄く斬られていた。
「……っ」
「本気で来い。お前は俺を殺しにきたんだろ? 後ろにそんなに見物客を連れて。俺を殺せなかったらどうするんだ?」
「……本当は、やりたくない」
栄次は更夜の挑発には乗らない。
「では、俺がお前を殺してやろう。あの娘が叶えたかった相討ちだ。愉快だな。ああ、俺は男には……手加減はせんぞ」
更夜は再び栄次の首を刈ろうと動く。忍だけあり、かなり速い。
忍の中で高度な技、八ツ身分身を使い、残像で八人に見える。
攻撃は鋭く、速く、栄次は防ぎ切れず、あちらこちらを斬られ、血を流す。流れ出る血を見ている内に、栄次の中に不思議な高揚感が芽生え始めた。
……まずい……。
栄次は更夜に刀を振ってしまった。更夜は人間とは思えない運動神経で避け、飛び上がりながら、手裏剣を多数投げる。手裏剣は的確に栄次の急所を狙い、栄次は刀を使って手裏剣をすべて叩き落とした。
すぐに鉤縄が飛んできて栄次に絡む。更夜はそのまま小刀で栄次を殺しにきた。
栄次は更夜の攻撃を縛られた状態でかわし、縄を切った。
そのまま刀がぶつかり合わない攻防戦へと突入。刀同士がぶつかると隙ができるため、お互いが、ぶつかり合わないよう刀を振るっている。
「なかなか強いな。斬れそうで斬れない。まさにヘビ」
更夜は風を斬る音が響く中、感心したようにつぶやいた。
「俺の背後をこれほどとるとは、今まで戦った中で一番強い。まさにタカだな」
栄次は気がつくと夢中に戦っていた。集中が高まり、死ぬか生きるかのすれすれを何度も乗り越え、高揚感が高まる。
更夜も同じようだった。
夕闇の森に二人の血が散らばる。
……強い……。
栄次は肩で息をしながら、いつまでも終わらない死闘をやり続ける。
……勝負がつかん。
鋭い攻撃はすべて急所を的確に狙ってきていた。
……本当に人間なのか……。
相当な手練れ。
栄次が更夜を分析していると、
「お前、強いな」
と、更夜が声をかけてきた。
「お前も強いな」
栄次は更夜に短く答えた。
「だが、次で死んでもらおう」
更夜は小刀を構え、八ツ身分身をしながら栄次を襲う。
八人になった更夜の本物を見分けようとした刹那、栄次の体が動かなくなった。
「……っ!」
「俺がタダで話すわけないだろう? 糸縛りと影縫いだ」
良く見ると栄次の体に無数の細い糸が絡まり、影にクナイが刺さっていた。
「はっ!」
栄次は空気を震わせるほどの気迫を出すと、細い糸を覇気で解いた。同時に、心理的に動けなくさせる影縫いも簡単に解いてしまう。
「そんなこともできるのか。お前には武神でもついているのか?」
更夜の刃は一瞬の違いで栄次の首元をかすっていった。
隙がわずかにできた栄次に更夜はクナイを投げ、栄次の刀を飛ばす。
「しまった!」
栄次の刀は霊的武器なため、栄次が手を離すと消えてしまう。
「不思議なことに、刀が消えたな」
更夜は特に戸惑うことなく、栄次を攻撃する。栄次は更夜の容赦がない剣撃を避けつつ、ここで最大の間違いを犯してしまう。
「刀を貸せ!」
後ろで見守る五人に栄次はそう叫んでいた。
五人は栄次が死んだら、更夜に殺されると思い、怯えていた。
「はやくしろっ!」
五人の内の一人が怯えながら、栄次に刀を投げる。
栄次はすばやく刀を掴むと、すぐに抜き、更夜の刀を受けた。
初めて刃がぶつかり合う。
「こんなに強い男は初めてだ」
「俺もだ」
しばらく競り合った後、更夜が力を抜いた。栄次はそのまま刀で袈裟に斬る。それを関節を外し、あり得ない角度から更夜は避けた。低い位置から栄次の脇腹を切り裂く。
「……うっ……」
低く呻いた栄次は怯む隙すらなく、そのまま背後から斬りつけてきた更夜をなぎ払う。
「……っ!」
更夜だと思ったのは木の枝だった。
「変わり身かっ!」
下から突いてきた更夜を三歩さがり、かわす。
「かわしたか」
「片目だが、距離がわかるのか」
栄次が尋ねると、更夜は冷たい笑みを向けた。
「スズが目をやったおかげて、片目が潰れたが、元々俺は目が悪い。見えなくても、目には頼っていない」
再び消えた更夜に、栄次の気持ちが高ぶる。
……こんなに強い人間が、この世にいるとは。
もう二度と……こんな男は出てこないかもしれない。
「強い……」
栄次は自然と笑みをこぼしていた。
「強いな……」
栄次の瞳が赤く染まり、武神の神力が溢れ出す。
「本当に武神がついているのか? 気が異常だな」
ふと近くで更夜の声がした。
栄次は刀を振り抜き、更夜の腹を切り裂く。
「俺が見えたのか」
更夜は栄次の刀をうまくかわし、近くに着地した。
軽くかすり、着物が赤く染まる。
「いや、見えなかった」
「気を読んだな?」
「ああ」
二人はさらに斬り合う。
やはり刀はぶつかり合わない。
力負けした方が斬られるからだ。
あまりに勝負が決まらないため、後ろで見ていた五人の一人が更夜に向けて弓を放った。
「弓か。この男には当たらない。無意味なことをするな!」
栄次はいらだっていた。
獲物をとられた獣のように気が立っていた。
しかし、更夜は何かを守るように、弓に当たった。
「……っ」
栄次は戸惑った。
……なぜ、当たった?
どういうことだ。
栄次の思考が一時停止したが、体が勝手に動いていた。
更夜が見せた唯一の、「隙」。
栄次の体は留まることを忘れていた。
「……っ!」
気がついた時には……
栄次は更夜を袈裟に斬ってしまっていた……。




