竜宮戦6
栄次が夕焼けの森を歩いていると、突然夜に変わった。
場所も変わり、目の前に屋敷が見える。あきらかに『令和』の時代にはない空気だ。
まず、あかりがない。
栄次が歩くたびに、時間が戻っていく。
「屋敷に戻らねば」
栄次には違和感がないのか、そのまま屋敷の中へと足を進めた。
当たり前のように、『いつも』のように屋敷へと帰る。
この屋敷はどこかおかしい。
なぜかと言うと、手柄をたてた者達を、殿がわざわざ離した屋敷に住まわせているからだ。
殿に貢献した者がなぜ遠くに住まわされるのか。殿は腕のたつ者の中に、『忍』が混ざっているかもしれないことを恐れていたのだ。
栄次は殿のために尽くしたのだが、遠くの屋敷に住まわされていた。
そして、栄次は人を殺さないことで有名だった。失神させるだけで『首』をとらないのだ。
失神させた武将の首は手柄をたてたい者が奪うため、栄次のまわりには常に『血に飢えたケモノ』達がいる。
栄次はヘビのように避けていき、剣撃も鉄砲も当たらない強者として、『紅色のくちなわ(ヘビ)』という名で恐れられていた。
「このまま、何も起こらなければ良いのだが」
栄次は小さくつぶやくと、屋敷の廊下を歩き、自室に帰る。
この屋敷は長屋のようになっており、障子扉一枚で部屋が仕切られていた。
兵達の士気をあげるためか、遠くに住まわされた罪滅ぼしかはわからないが、この屋敷には男達を癒すため、女達が住まわされており、毎夜、女が夜遊びに部屋に来る仕組みである。
殿が女好きであるため、こんなことになっているらしい。
「今夜も憂鬱だ。さっさと寝るか」
栄次はそんなことを思いつつ、着物を脱ぎ、畳の上に横になった。
脱いだ着物をかけ布団がわりにかけ、目を閉じる。
「……もし」
ふと、障子扉の向こう側から消え入りそうな少女の声がした。
「ああ……」
栄次は頭を抱えながら、起き上がり、皿に入れた灯し油に灯芯を浸し、火をつける。
この時代はキャンドルよりも火が弱い灯し油を使っていた。
栄次は毎夜、やってくる女を無視できず、毎回部屋に入れてしまう。なにかするわけでもなく、話して隣で寝てもらうだけだ。
「今、開ける」
栄次はそう言うと、障子扉を静かに開ける。
目の前に三つ指(親指、人差し指、中指)をついて頭を下げている少女がいた。赤い着物を着ている。
「……ずいぶんと……幼いな」
栄次が驚くと、少女は小さく縮こまった。どうやら、男の裸を見たことがないようだ。
栄次は困惑しつつ、かけ布団がわりの着物を羽織る。
「すまんな、怖がらせるつもりではなかったのだ」
「……はい」
少女は素直に栄次の部屋に入ってきた。
「お前、いくつだ?」
「……はい、七つでございます」
少女は栄次と距離を取りつつ、栄次の問いに答える。
「名は?」
「スズでございます」
「……親に売られたのか」
「……はい」
少女、スズは顔が険しくなる栄次に怯えながら小さく言葉を発していく。
「心配するな、なにもせん。かわいそうに……俺が横で一緒に寝てやろう」
スズは目に涙を浮かべると、素直に栄次の隣で横になった。
「寒くはないか?」
栄次はスズの頭を撫で、予備の着物をかけてやった。
スズの胸あたりをゆっくりと優しく叩き、栄次はスズを寝かしつけ始める。
しばらくして、再び栄次が声をかけた。
「……子供がこんな夜更けまで起きていてはいかぬ」
スズは栄次の優しい声に何とも言えない顔をする。
「眠れぬのか?」
栄次はスズにあたたかい笑みを向け、スズの胸辺りをまた、軽く叩き始めた。
「大丈夫だ、安心しろ」
よくわからない感情がスズを覆う。
スズは声には出さず、心でつぶやいた。
……栄次様は優しい。
平和な時代のお父様って、
こんな感じなのかな……。
親の愛を感じたことのない彼女は、悲しき運命を辿ることになる女忍だった。
少女はかけられた着物の下で小刀を握りしめた。




