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⑧ カシワギ・カナコは日記をつける

『日記なんて、いつぶりだろう。確か小学生の頃、同級生の子達と交換日記をしたのが最後だ。その内容は、学校で何があったとか、何のテレビ番組を観たとか、ささいなことを書いて交換していた記憶がある。たぶん、何を書くかよりも、女子同士で交換するという行為に意味があったんだなって、今はそう思う。

 中学に入って思春期になると、あたしはどんどん女の子らしいこと避けるようになった。ううん……違うなぁ……そう、避けていたわけじゃない。興味がなかったんだ。可愛い小物も、カッコイイ芸能人も、あたしにとっては何の魅力も無い、ただの飾りだったから。そんなものに熱中できるなんて器用だね、なんて、心の中では同級生を馬鹿にしていた時期もあった。あたしは親父に似たのか、何よりも筋の通らないことが嫌いだった。だから男子のケンカにも参加したし、いじめられている子がいたらその子をかばったりもした。部活に入らない代わりに武道を習って、あたしが女だからと舐めてかかってくる男子を返り討ちにしていた。そのせいで疎ましがられたり、周りの子達から距離を置かれても、何にも気にならなかった。

 だって、先輩がいたから。

 忘れもしない、あの日。校舎の裏で、あたし同じクラスの男子が、お金を取られている現場を見つけた。お金を取っていたのは、あたしよりも学年が上の生徒だったけれど、そんなこと、あたしには関係なかった。悪いやつは、徹底的に懲らしめてやらないといけないって、燃えていた。

 あたしは走って、校舎の裏に向かった。そして下級生からお金を巻き上げる極悪非道な上級生を成敗するんだ、って、息巻いた。

 現場に到着すると、上級生はその場から立ち去るところだった。あたしはすぐに詰め寄り、その上級生の胸ぐらをつかんだ。相手は背が高いけれど細身だったし、なによりも下級生からコソコソとお金を巻き上げるようなやつだ。大したことはないと思っていた。

 でも、その上級生も武道を習っていたらしく、あたしは逆にボコボコにされてしまった。白兵戦の技術が同等となると、差をつけるのは身体能力だ。いくらあたしでも、男子の腕力には勝てなかった。

 親や教師にばれないように、顔以外を狙って執拗に攻撃してくる様子に、手慣れているって感じがして、とても悔しかった。だって、武道はそんなことに使うために習うものじゃないから。

 結局、あたしは負けた。これ以上ないってくらいの、完敗。身体中は痛いし、助けに来たつもりがやられちゃうなんて、恥ずかしくてたまらなかった。それに、お金を取られていた男子があたしに言ったことが、更に追い打ちをかけた。

「余計なことすんじゃねぇよ」

 彼はそれだけ言うと、一目散にどこかに行ってしまった。お礼の言葉も無いし、あたしを心配する言葉も無かった。ま、そんなのが欲しかったワケじゃないけど、それにしてももっとこう、言い方があるんじゃないかな?

 あたしはへコんだ。だって、良いことをしようとしたのに、悪いやつをやっつけようとしたのに、どうしてこんな惨めな思いをしなきゃいけないの?

 口の端が切れて、血が流れていた。惨めで、情けなくて。消えてしまいたかった。

 流れる血を制服の袖で拭こうとしたとき、そっとハンカチが差し出された。誰だろうと思って顔を上げると、知らない女子生徒が心配そうな目であたしを見ていた。制服のリボンを見て、彼女が上級生だと知った。

 同じ人間だとは思えないくらい、きれいな人だった。

 雪で出来ているような白い肌に、口元の黒子。冷ややかな瞳は蠱惑的で、女のあたしでも、どきっときた。

 けれど、あたしは誰かと話せるような気持ちにはなれなかった。だから、あたしは差し出されたハンカチを無視して、袖で血を拭いた。きれいにクリーニングされた制服が自分の血でで汚れたのを見て、あたしは増々情けない気持ちになった。

 すると、ハンカチを差し出した上級生は走って水道まで行き、ハンカチを濡らして戻って来た。それで丁寧にあたしの口元と袖を拭いてくれて、ポケットから出した絆創膏を貼ってくれた。

 手当を受けている間、あたしは一言も喋らなかった。何を話せばいいのかわからなかったし、なによりも相手の名前すら知らなかったから。でも、手当が終わってから相手の名札を確認して、お礼だけは言った。

「スズムラ……先輩。ありがとうございます」

 先輩はふんわりと微笑んで、あたしの横に座った。そしてあたしの方を見てこう言った。

「ね、私とお友達になってくれないかしら」

 人形のように可愛らしい顔でそんなことを言われて、あたしは頷くことしかできなかった。そしたら、先輩はこう続けた。

「じゃあ、次からは私も呼んでね」

 何のことだろう、と思っていると、先輩はあたしの手を握って、

「お友達がひどいことをされているのに、何もできないなんて、私は嫌だもの」

 と言った。


 これが、先輩との出会い。

 どうしてこんな昔話を日記に書くのかというと、これは……整理? 確認? まあ、そんな感じ。

 だって、あたしはこれから大事なことを決めなくちゃいけないから。そのために、判断材料を並べて検討しなくちゃいけない。

 きっと、これを書き終わる頃には、あたしの考えは決まっているはず。

 


 さて、ここからはつい最近のこと。

 まず、先輩が死んだ。

 憧れて、慕って、何よりも大事な友達だった。

 先輩を殺したのは、繁華街で妹のルイを助けてくれた、リンという謎の人物。あたしは一目見てリンのことを気に入ったし、ルイもリンのことが好きみたいだった。もちろん、友達としてだけど。

 リンが助けてくれなきゃ、ルイは殺されていたかもしれない。地下室の、あの継ぎ接ぎだらけの人の一部にされていたかもしれない。

 だからリンには感謝もしたし、何かできることはないかなって思った。リンが普通の生活をしていないことは何となくわかっていたし、何か手助けはできないかなって思ったんだ。

 でも、リンが先輩を殺したって聞いて、あたしは思わずリンに銃を向けた。そして、撃った。でも、幸いなことに弾は逸れて、リンを殺さずに済んだ。あたしはとても混乱していたけれど、リンから話を全部聞くまで、判断は保留にしようと決めたんだ。

 それで、ええと……。

 そう、あたしは銃を捨てて、リンと差し向って座った。そして、全部話してって詰め寄ったんだ。

 なんだか、浮気した彼氏を詰問する彼女みたい。

 おかしい。

 そこでリンから聞いた話は、あたしの想像を超えるものだった。

 だから、こうして……。

 文章にすることで、あたしはあたしに、もう一度説明しようとしている。この話はどういったものなのか、あたしはこれに対して、どんな答えを出すべきなのか。

 不器用だな、あたしは。

 


 それじゃ、本題。これはリンから聞いた話を、あたしが簡単にまとめたもの。

 まず、地下でリンが殺した男。こいつはガイコツみたいで気持ち悪くて、最近の誘拐事件も、先輩の実家が襲撃された事件も、このガイコツが黒幕だった。あたしはてっきり、このガイコツがオギノメ・グループの手さきだとばかり思っていたんだけど、違った。

 このガイコツが、オギノメ・コウゾウだった。つまり、こいつ自身がすべての黒幕。

 そしてガイコツの娘であるリン。本名はオギノメ・リンコ。リンはとある時期を境にもう一つの人格が出てくるようになったらしい。

 つまり、二重人格。

 あたしやルイが接していたリンは、メインとは別の、新しく作られた人格のほうだったみたい。複数の人格がつくられる理由はいつくかあるけど、リンの場合はこうだ。

 『実の父であるオギノメ・コウゾウに、日常的に性交渉を強要され、その事実から目を背けるためにもう一つの人格を作り出した』

 リンは中学にあがり、どんどん母親に似てきた。そしてある日を境に、コウゾウはリンをレイプするようになっていった。リンは抵抗できず、応急処置として、もうひとつの人格を自分の中につくりだした。

 そして、その結果。リンは妊娠した。

 リンがカバンに入れていたカルテを見せてもらったら、それは堕胎手術の記録だった。患者はもちろんリン。そして、手術を担当したのが、スズムラ医院。先輩の両親は、この手術を担当したために、口止めとして殺された。この手術のことが仮にでも漏れたら、オギノメ・コウゾウはおろか、その会社まで社会的に糾弾される。コウゾウは、それだけは避けたかったらしい。

 それはなぜか。

 その理由は地下で見た、あの馬鹿でかい容器。あれを設置・維持するために、コウゾウは会社を大きくして、その利益をつぎ込む必要があった。

 その容器の中で青白い液体に漬けられていたのは、リンの母親。

 名前は、サチというらしい。

 コウゾウにとって、最愛の妻。

 リンを産んですぐに亡くなったサチ夫人は、コウゾウの手によって『保存』された。それにどれだけの費用と技術が要るのか、あたしには想像もつかない。でも、繁華街に広大な土地を買って、その地下にサチ夫人を『保存』しておくことが、コウゾウにとって唯一の希望だった。

 そのために殺し屋を使い、競争企業を蹴落とし、自社の利益を増やした。

 警察にも賄賂を渡し、自身の犯罪行為を見逃してもらっていた。

 

 さて、次からはリンのこと。父親との関係から逃避するために、もう一つの人格を作り出したリンだけど、徐々にメインとサブの人格の入れ替わりが頻繁になっていった。それだけ、ひどい日々を過ごしていたんだろうな。

 そして堕胎手術の直後、メインの人格は現実を受け入れられず、完全に内側に閉じこもってしまった。その時にすべての記憶を封じ込め、身体ごとサブの人格に明け渡した。

 サブの人格は、記憶をメインの人格によって封じられ、完全な記憶喪失状態でオギノメ家を出た。きっと、『この家を出なけらばならない』という危機感だけは残っていたんだろうな。

 そして、あてどなく繁華街を彷徨っていたところを、先輩の弟、つまりナツメ君に拾われた。ナツメ君はリンと中学が一緒なので面識があったけど、拾われたときのリンは完全な記憶喪失状態。だからナツメ君は知り合いだということを隠して、リンに第二の人生を与えた。リンをそのまま家に戻しても、異常な父親との生活が待っているだけだと、ナツメ君にはわかっていたから。

 そのときのナツメ君は両親を殺されて行き場を無くし、既に裏の世界の住人になっていた。自分の両親を殺した黒幕がリンの父親であることを知ったナツメ君は、持ち出したカルテを使ってどうにか復讐をしようと動いていたわけだ。

 しかしその動きもコウゾウに見つかり、ナツメ君も殺されてしまった。

 

 自身のカルテを見て、リンのメイン人は格再び動き出した。このままじゃ、いかれた父親のせいで誘拐事件は加速する。すべてに決着をつけるために、リンは、いやリンコは戻ってきた。

 父親を殺すために。

 母親を永遠に眠らせてあげるために。

 思い出したくもない過去を象徴するカルテを見て、リンコはどう思ったのだろう。あの子は自分で、『もう十分逃げてきましたから』なんて言っていたけれど、そんなクソみたいな過去なら、ずっとい逃げていても良いような気もするけどな。いや、いっそ捨ててしまってもいいよ。

 

 辛いことがあった世界に戻ってきたリンコは、父親を殺した。そしてその後、あたしに銃を向けられた。あいつ、あのままあたしに殺されて終わるつもりだったんだろうな、きっと。

 

 さて……とても複雑で、入り組んだ話だ。

 こうして整理していただけで、もう夜が明けそう。紺色の空に白が混じってきた。

 さて、そろそろ、

 あたしは考えを決めなくちゃいけない。

 答えを出さなくちゃいけない。

 この日記を閉じたら、行動しなくちゃいけない。 

 選択肢は、そう多くないように思う。

 久しぶりに書いた日記がこれって、けっこうヘビィだよね。

 ま、いいか。

 人生っていつだって、寝てるか起きてるかしかないもんね』

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