忘れられない今日この日
後者「仮に、仮にの話だよ。ここから君たちが一発逆転をするには俺を殺すしかないわけで、その手段は2種類しかない。完全な自然物か、俺と同格の能力者が作った武器を使う。そのどっちか」
意図的に無学にされているアルバイト君ですら分かる常識。
この世の中に能力が関わっていないものはほとんど無いと。それがこの部屋限定ならば絶無であると。
ならば残ったのは後者。おそらくこれが一番可能性のある奇跡だが、
高位の能力者が作った商品は、非常に高値で取引される。
こと武器に至っては、作成を制限する法があるほど。
極論、人を殺す能力の使用は許されるが、人を殺す能力を持った武器の製造は許されない。
(ちなみに俺の能力を作る能力の場合は法律が追い付いてないので、ばれたら一発で法が変わる)
だからこそ、入手するのに非常に面倒な手間が必要なわけで、今のこいつらにその余裕はない。
あえてもう一つつけ足すなら、俺に攻撃できる最上位の能力者がたまたま偶然登場するという奇跡を待つくらいだが……ない。考えるだけ無駄。
もう彼らは存在しない無様な奇跡を願う以外、赦されていない。
だからかせめて俺から蜘蛛の糸を差し出した。
「でさ、いくつかお願いがあるんだ」
「そ、それは何なりとお申し付けください。ですからせめて」
「勿論、満足したら命なんて取らないし、無かったことにしてもいいよ」
奇跡は祈るものでも起こすものでもない。
いつ起こすか好きに決められる程度のもの。
そもそもとして、俺が黙って誘拐されたのは人目につかない所に行きたかったから。
面倒なことは全部池田に任せると決めていたが、自分がきれる札は多い方がいい。
池田相手はほとんどのことを隠さず伝えたが、1つ言わなかったことがある。
試す実験台が欲しかった。
「実験台になってくれる人、挙手」
差分が見えなかったほど、全員の手が同時に挙がる。
「じゃあまずはおばさんで。俺から出すお願いは、絶対に眠らないで」
「もちろんで―――」
俺のギフトは能力を与える能力。
今ここに、永眠する能力を与える。
おばさんは受け身を一切取らず、その場に眠りついた。
声にならない叫び声が聞こえたが、その声が外に漏れることはない。
なぜなら自分たちがこの場所を選んだからだ。
「次、挙手」
今度は手が挙がるのにほんの数秒間があった。
「じゃあ眼鏡のお兄さん。能力を教えて」
「指先に火を出してある程度操ることができます」
「じゃーあ。お願い、良い感じにその火を操ってもらっていいかな」
肯定する前に、自然発火能力を与える。
「ひっっ? ひぃぃいいいいいい火ひ??」
「あつくなーいあつくないー」
「え? あ、ほんとうに、でもあれ?」
ギフトとして当たり前だが、自分が起こした自然現象を己が操れないなんてことはない。
眼鏡のお兄さんはいきなりで混乱したのだろうが、時間をかければ逆に制御される可能性はあるか。
猫だましには使えるが、これは悪手に近い。
というかあれだ。どんなデメリット能力を授けようが、人間克服する可能性は否定できんな。
だったらもっと直接的なアクションの方がいいか。
「次は……」
挙手を待つ気はなかった。ただ何となく最初に目にしたおじさん数人に能力を使う。
小さくなる能力。
キャップよりも小さい小人に。
今回の場合目的は小さくすることではなく、一度に複数を相手取れるかのチェック。
結果、完璧。この様子なら目視できる範囲にいる数十人でもできるという自信が芽生えた。
このまま続ける。大きくして、小さくする。
それを何回か繰り返す。
「お願い、自分の能力を教えて」
「右手で触った物を左手に半分のサイズで作る能力です」
「蓋を作る能力です」
「身体強化」
おじさんABCには小さくしたり大きくしたりしたわけだが
実はその能力の強度を変えていた。
おじさんAが強めの能力、Cが弱めの能力だ。
昔本で読んだことがある。人間は今のサイズが適正であると。
これ以上大きくなると身体を支えることが出来ない、小さくなると考えることが出来ない。
そうやって能力の結果生まれそうな身体の害を見てみたのだが、やはりか。
どんな能力であっても、物理とかいった常識よりも先にある。
与えた能力で直接攻撃できるか。それを実験をしたかった。
案外難しい。結論眠らせるだけの能力が一番使いがってがいいという結論になった。
自分で作った能力を自分が使えばいい、そう思っていたが感覚的に違う。
義手は手じゃないのと同じ。
俺にとってのギフトは能力を与える能力で、それ以外は派生なのだ。
虫が空中を飛んでいる時、反射で殺虫スプレーを使う人はいない。
手で追い払ったり、素手で叩き潰すだろう。
俺が危機に直面したとき、最初に使うのは能力を与える能力。
練習や訓練では時間を止める能力を最初に使うことが出来ても、うっかりこっちを使ってしまう可能性がある。
とりあえずあらかた試したいことは試したので、能力は回収しておこう。
ここでふと一種の気づきがあった。
俺の能力は能力を与える能力が主軸。回収や消去はそこからの派生。
多分全様をしって本気で対抗されると回収しきれない。
あまり与えすぎるべきじゃないな。
永眠していたおばさんも無事目を覚まし、これで原状回復は終わりかな。
俺は自分の手でどこまでできるかを試したかった。
万が一、池田にも知られたくない俺の裸。
「オレらを殺さないんですか?」
「余計なことを!」
アルバイトが発言し、議員が咎める。
「忘れてください! 我ら貴方様には一生の忠誠を誓っておりますぞ」
「そういうのはいいよ。おべっかは聞き飽きてる。別に破滅してほしいなんて思ってないし」
「へ?」
何やらみんな驚いているようだった。
「もしかして、俺がジェノサイドしたがっているように見えたの?」
「そ、それは」
即座に否定できなかったのは、政治家としていかがなものか。
「今回の実験で、結果的に死ぬことはあるだろうってだけで、生きていたら改めて殺す気なんてないよ」
たまたま殺しても問題のない人材とエンカウントしただけで、殺すことが目的ではない。
「そんな人を人と思わなくてもいい身分なのにですか?」
「君! もう黙ってなさい」
案外ぐいぐい食い下がるな。このアルバイト。
俺の人生で初めて見る。
無鉄砲、状況の無理解。無知蒙昧。
そんな印象を今俺は持っている。
「アルバイト君。君は知らないだろうから教えてあげるけど、人を殺そうとするのって不快なんだ」
だからこそ俺は初めて、他者に物事を教えるという行動をとった。
「これから先に誰かを粛正する機会があるかもしれない。その場面になる前に練習した方がいいかもしれない。でも今の俺は人を殺すことを不快だと思っている。それが真実」
苦手なことをやりたくないことをわざわざやろうとは思わない。
「かぼちゃは食べない。家族みんなはおいしいおいしいっていうし、皿に出てきたら妹ペットに押し付ける。それと同じ」
これから克服してかぼちゃが好きになるかもしれないけど、今はそうなろうとは思わない。
やりたい人に任せればいい。
「端的に言うと、俺はお前達を殺してもいいけれど、俺は人を殺すのは不快だからやらない」
議員もおじさんもおばさんも感動して拍手喝采の様子。
ただ、アルバイトだけが得体のしれない怪物を見るかのようだった。
「ところで聞いてなかった。アルバイト君の能力は何?」
「そ、それは……」
しどろもどろに拍車がかかる。
「そろそろ帰りたいんだけど、早く答えて」
「答えなさい! 君!」
周囲からの圧力は、
「…………ありません」
言ってはいけない言葉を引き出すのに、十分だった。
能力がない。
言葉の意味がすぐには理解できず、その真意を察するまで何も口に出せなかった。
「まさか……偽装者か?」
稀にいる。能力もってないのに人間扱いしてもらいたくて能力を持っていると偽る行為。
実刑は免れぬ重罪。
「よくない。よくないよぉ。ほんと。今一番悪いのはアルバイト君だ」
これまで話の主役が俺だったが、そのバトンがアルバイトに渡される。
ただしそのストーリーは畏怖や理不尽の神話劇から、復讐制裁のスプラッターモノにかわる。
「しっかし、うっかり俺を誘拐したばかりか、非能力者をアルバイトとして雇うなんて、政治家としての能力を疑われても仕方ないよ」
「……返す言葉もありません」
一つだけだったらただの失敗、議員が謝って俺が許すといえば極論それで済む話。
ただこれが同時に二つ判明するのはまずい。
「でもさ、逆にワンチャン生まれたんじゃない? 格が隔たった能力者同士で触れることはできないけど、片方が能力者じゃなかったらその限りじゃない」
議員は俺に触れると手がただれた。それは議員が能力者だからであり俺より格下の能力者だからだ。
ただアルバイトは非能力者ならば、人間の生物としての理は適応されない。
殴ったり首を絞められると俺は死ぬ。
これは俺の妄想に似た考察だが、古の人は非能力者を排除した理由は、反逆できる可能性を排除するためだろう。
非能力者を排除することにより反乱が出来ない上下社会が成立するのだ。
「殺せって命令したら」
「やりません。悪いことはしてきました。それでも矜持というものがあります」
当然と潔く覚悟を決めている議員。
「バレたらまずいよね。いいの」
「……覚悟しております。せめて遺産を整理する猶予を」
「そこは俺からとやかくいうきはないけど」
ここで上位の能力者の俺を非人間のアルバイト君に殺せと命ずるなんて
耐えがたい恥。生きてはいけない罪。生涯消えることのない苦痛。
分かるよ。分かる。俺もそう教わってきた。
しかしどうしたことかこの空気。
俺は俺のやりたいようにして結果死ぬのは構わないけど、俺の責任で人が死ぬのは嫌なんだけど。
・・・・・・そうだ。妙案を思いついた。
「求める色は黄色 咎める楔は日常 捧げる贄は名前 欲するは忘却 アルバイトに授けたまえ」
ちゃんとした手順を用いてアルバイト君に能力を渡す。
これでアルバイト君は能力者、つまり人間になれた。
でもこれは出来る限り人の前でやりたくはなかった。
俺の能力がバレるということは、生活そのものを脅かすリスクはある。
殺す気はない、でも俺の生活を犠牲にする気もない。
そこでアルバイト君の能力を忘却にすることで、彼は誰からも忘れられる存在になり、彼が話をした内容はみんな忘れてしまうことになり、情報の漏洩がなくなるということだ。
今日のことは誰も知られることもない。
俺だけの秘密の時間。
この場のことは俺とアルバイト君しか覚えていられないし、これからアルバイト君が何を話そうがアルバイト君の話を覚えていられる人はいない。
「議員さん、最後の質問。この人誰か知ってる?」
「……知らない。本当に誰だ? 何でここにいる? というより何で我々はここにいるんだ?」
全員が全員同じ反応。
これで今日会ったことは忘れただろう。
証拠隠滅も完璧と言うことで
「じゃ、解散と言うことでお疲れ様でしたー」
おうち帰る。




