選ばれしものに選ばれなかったもの
比較的家から近いと言っても、家から学校までは車等で一時間以上かかる。
普段は面倒なので寮暮らしだが、今日は家に帰っていた。
理由は選挙であの議員に投票するためである。
一応学生という身分もあり、期日前投票という形にもできたのだが、こっちは姿を隠している身。
変にそういうところを見られると、余計な不和を招きかねないという判断だ。
「しかし大分大きくなったな」
我が家がリニューアルされ、マンションの1階をすべて貸切るような部屋になった。
「正直前の方が好きだったんだが」
エレベーターで40階あがるなんて、利便性のかけらもないんじゃなかろうかと心配になってくる。
まあ、俺はほとんど使うことがないからいいだろう。
「何やってるんだろうなほんと」
夕方に投票にむかう。
理由はそのまま寮に戻るため。
これがいけなかった。
「おかしいと思いませんか!!!!」
誰かが叫び回っている。
気になったので後をつけて回ると、どうやら池田議員(投票をしないといけないので覚えた)がほぼ確実に当選するのが分かったので妨害工作をしているらしい。
「本来彼は汚職事件に贈収賄。円の海外流出、スピード違反。労働法違反。さらには婦女暴行など、政治家にあるまじき行為をしていました!」
一応本人の名誉のために言っておくが、スピード違反は運転手がやったことで、すでに解雇しているし、婦女暴行は人間相手にはしていない。
贈収賄なんて政治家がやっていない方が珍しい。だから政治家らしからぬことは一切していない。
「それもこれも色葉様を言葉巧みに誑かしたせいです!!」
本当は俺が悪いって言いたいんだろうが、そんなことしたら即特殊部隊が突入して社会からではなくこの世からおさらばしてしまう。
ちゃんと弁えるところは弁えている。
そういうところは好感持てるよ。
「あの方はまだお若い。浅慮な行動をしてしまうかもしれない。それを補うのが我々一般国民ではありませんか? わたしは!! 投票年齢の引き上げと! 今回の選挙の無効を!! 今ここに訴えます!!!」
うーん。
言っていることは一理あるかもしれないけど、やっていることが一致していない。
仕方ない。
上級国民として間違いは指摘してやる。
「国民の是非を問うているのに、選挙否定してどうするん?」
「はいそこ! 選挙妨害はそっこくしけい しっけいいいいいでーす」
うわっ。
やばいやつじゃん。
鳥肌立った。
「…………あ」
目が合ってしまった。
そしてどうやら俺の存在に気が付いたらしい。
相手側からしたら暴徒を鎮圧しようとしたら、重鎮がそこにいた感じだろう。
これが世間にばれてしまったら自分たちの党の存続が危うい。
「この件をなかったことにするつもりは?」
「口だけは約束してやる」
実質的にない。
「代表者を出せ。代表者を」
別に何かするつもりはないが、そう言っておく。
「これがばれたらわたしたちは終わり。だったらばれないようにしないと」
「だが相手は……」
「問題ないよ。だってなにもなかった。だれもいなかったことにすればいい」
「ま、まさか」
「だがもうそれしかない」
そろそろ帰るか。
明日は体育があるから早く寝たい。
「ちょっと退いて」
そう思ったのに、選挙カーの中にいた人が俺の通路をふさぐ。
「……これも国のため。許せ」
口を押えられそのまま車の中に放り投げられる。
鮮やかな手つきだった。
多分経験者だなと思いつつ、とりあえず面白そうなことになりそうなのでいったんは静かにしておく。
しかし多分俺が初めてだ。
選挙カーで誘拐されるのは。




