光差す(5)
三時間近くも廃艦の中を捜索した。やはり呼吸をできるほどのエアが残っている場所はない。厳しいのは使える炭素フィルターさえ見つからないことだ。
(全部劣化しちゃってる。化学反応作用で使うものって意外とすぐ駄目になっちゃうのね)
ロザリンドは落胆する。
真空状態なのだから問題ないかと考えたが甘かった。元より炭素フィルターには使用期限がある。越えても使えないことはないが、見つけたものは反応色インジケータが完璧に真っ赤に染まっていた。
「見つけたぁ」
「使える炭素フィルター、あった?」
「お水ぅ」
無菌パックの水だった。宇宙服に装着してヘルメットの口元までチューブで送れるもの。ユニバーサルコネクタなのでフィットスキンにも使える。
「うーん、大事だけど最優先じゃない」
「でも、喉乾くよぉ?」
「そうね。ずっと動いてたし、喉乾いたかも」
無意識に吸い口を使っていて減っている。
水も生存には不可欠である。しかし、空気に比べれば優先度は下がる。脱水で行動できなくなるよりマシと考えるべきか。
「クゥ、お腹減ったぁ」
「確かにお腹も減るわよね。でも、食料も見かけないし」
「オヤツ有るぅ」
クーファが腰のポーチを示す。そこに食べ物を常時持ち歩いているのだという。開けるとカロリー系のクッキーバーが出てきた。
「食べれなぃ」
ヘルメットのバイザーシールドを開けねば口に持っていけない。
「当然じゃない……、ちょ!」
「…………」
「なにしてんの!」
なんと、クーファはシールドを上げてクッキーバーを一気に口に入れる。すぐにシールドを下ろした。すると、抜けた空気は圧搾ボンベから補給されて満たされる。非常用圧搾ボンベは穴が開いた等のもしものときの機能である。
「もったいないじゃない」
「炭素フィルターは使わないのぉ」
「そうだけども!」
「ロゼも食べるぅ。お腹減ると不機嫌になっちゃうからぁ」
クッキーバーを差し出される。確かに栄養補給も必要だが優先度は低い。それより恐怖心が先に立ってしまう。
(もし、ヘルメットの圧搾ボンベが機能しなかったら。試したことなんてない。失敗したら、その瞬間に私は死ぬ)
身体が震える。
「大丈夫ぅ」
クーファくらい脳天気でないとこの状況は打破できないかもしれない。思い切ってシールドを開くとクッキーバーに齧りついた。
すぐに内圧は戻ってくる。口をもぐもぐさせている猫耳娘と顔を見合わせていると、なんだか楽しく感じられてきた。
「意外と平気?」
「こうしてたらルオが来るまで、ちゃんと待ってられてぇ」
案外肝が座っているクーファに感心するロザリンドだった。
◇ ◇ ◇
ターナ霧は無制限に放出されたため、とてつもない密度で空間を覆っている。どれほどの期間、一帯が電波障害に見舞われるか予想できないほどだ。
(条件が悪いな。レーダーも利かないから光学的にしかデブリを確認できないし)
ルオーはレーザースキャンを打って次の目標を探す。
捉えられても、そこまで行くのに何度も軌道修正を強いられる。知っている機体の中で電子戦性能が最も高いルイン・ザでさえその始末。他の捜索班も苦労しているだろう。
『ジャイロはモニタしてるからもっと大胆に飛んでも大丈夫ー』
ティムニはそう言うが心許ない。
「ハズレばかり掴まされていると面白くありません」
『材料が少ないもんねー』
「画像だけですから」
時間が経ちすぎて相対位置さえ定かでない。手がかりといえば二人を連れていったアームドスキンのガンカメラに残っていた廃艦の映像のみ。それも特徴的とはいえず、周囲から何度も照合しては違う結果にため息ばかり。
(不発ばかりで滅入ってしまうね。不確定要素が多すぎる)
特殊機能で、常にライジングサンと接続していられるルオーでもそんな有り様だ。二次遭難を避けねばならない他のアームドスキンではろくに動き回れないだろう。捜索が進むわけもない。
(素人ってのは怖いな。とんでもない失態を演じてくれる)
偶然の要素が多いのも事実。たまたまカメラデバイスにターナ霧が積んであるのに気づいて使ってしまった。たまたまそのとき、クーファとロザリンドが遊泳練習に出ていた。たまたま二人を連れてでたのが電波障害状態に慣れていないパイロットだった。
(この三つが重ならなければ起きていない事故なのに、たまたまだけでこれほどまでに苦戦するなんて)
不甲斐なく感じる。絶対になくはない状況だけに打開策を思いつけない自分が情けない。クーファの保護者を自認しているのに彼女を救助するにも苦労している。
「予想残量は?」
『出掛けてから十二時間。あと四十八時間だねー』
「まだ心の余裕はあると思います。でも、実際のタイムリミットはそんなにないはずですね」
人が危機感を覚えるのは早い。実際の死に直面するよりかなり早期に命の確保を考え始める。そうなったとき、簡単に争いを始めてしまうのだ。
「捜索範囲のマッピングはどれくらい済みました?」
『こんな感じー。チニルケールの近くがどうにか潰せた程度ー』
「話になりません」
遅々として進まない。それなのに刻々と予想捜索範囲は広がっていってしまう。絶望感に捕らわれてしまいそうだ。
(僕が先に音を上げちゃいけない。一度帰って作戦を伝えよう)
ルオーはルイン・ザをライジングサンに向けて戻した。
次回『光差す(6)』 「炭素フィルターはあと三十時間弱しかもたないんだもの」




