光差す(1)
ニーニット・クレマシーは『世界、果てるとも』のアシスタントをしている。監督や助監督の業務補助をしたり、道具班との折衝をしたりするのが主な業務だ。この日も撮り直し分の調整に勤しんでいる。
(あの民間軍事会社の男、ろくなことしやがらない。わざわざアームドスキンアクションの撮り直しなんて出しやがって)
シーンに合わせて機体のペイントなどをやり直さないといけない。それを道具班に伝えるのも彼の仕事で、苦言を呈されるのも彼だ。堪ったものじゃないと思っている。
(ターナ霧の効果だ? そんなもん、素人ばかりの観客にどれだけ伝わるってんだ。手間だけで、誰も気づかず流されるに決まってんのに)
文句ばかりが頭に浮かぶが監督の指示は絶対である。ここで反抗して、かのディルフリッド・オーグマンの不興を買えば将来はない。せっかく苦労して作品に関われるチャンスを拾ったのに、ふいにするわけにはいかない。監督になる夢を叶えるにはここは耐えるのみ。
(こっちも確認しとかないとな)
アームドスキンにペイントシールを施す作業に戻った道具班の面々を背にそれを見上げる。全高で8mほどの機体。無人機カメラデバイスである。
対消滅炉と反重力端子、プラズマスラスターを搭載し、アームドスキンに追従して撮影を行う。その機体のメモリー管理も彼の仕事だった。
(前回分は引き抜いてある。バックアップも大丈夫だったし問題ないだろう)
ケーブルを繋いで中身をチェックする。
(お、このスイッチなんなんだ?)
撮影オペレータがリモート操作する部分もチェックしていたら、見慣れないスイッチアイコンを見つける。調べてみると意外なものの操作スイッチだった。
(なんだよ。こいつ、ターナ霧も搭載してんじゃん)
それが軍用の中継子機の払い下げ品だという話を思い出した。
(リアルな演技がほしいってんなら実際にターナ霧を使えば効果的に決まってる。こりゃ、いいぞ。生々しい芝居になったって監督に褒められるチャンスだ)
ニーニットは冴えた思い付きにニヤリと笑った。
◇ ◇ ◇
ルオーの提案でアームドスキンアクションの撮り直し分がそこそこ出てしまっている。必要なのはアクションシーンの撮影だけで演者のほうは身体が空いていた。
「下見、したいのよね」
「なにしたいのぉ?」
クーファに問われるが説明しがたい。
唯一、宇宙で生身で撮影するシーンがある。リズリーが偵察中に主人公のエディと邂逅し、破壊された戦闘艦の中で愛を確かめ合うのだ。
ラブシーンはすでに地上で撮ってあるが、艦内を二人で遊泳する流れがある。それだけはリアル感を出すために実際の廃艦の中で撮影する事になっていた。
「フィットスキンで船外作業することってある、クゥ?」
経験があるか尋ねてみる。
「ないけどぉ、時々外に出て泳いで遊ぶことあるよぉ? ロゼはないのぉ?」
「あまり経験がないのよね。でも、リズリーって優秀なパイロットでもあるから宇宙経験は豊富な設定でしょ? 泳ぎ方が不格好だと変だと思って」
「慣れるまで大変なのぉ。蹴り方間違えると変なほうに行っちゃうぅ」
周りになにかある状態での話だ。フィットスキンの腰にはマグネットストリングの発射機があるが、それは広い場所で使うもの。狭い艦内で使うようなものではない。
「下手だと様にならないわね。やっぱり練習したい」
「泳ぎに行くぅ?」
屈託のない笑顔で言われる。
「行きたいな。どうすればいいかしら」
「ルオもパッキーもお仕事だから頼めなくてぇ」
「空いてる人、いるといいけど」
船倉に降りていくとガランとしていた。かなりの数のアームドスキンが出払っているとわかる。それでも、二機ほどレイ・ロアンが残っていた。
「ねえ、次の出番まで時間ある?」
脚に背中を預けているパイロットに声を掛ける。
「ロザリンドさん、なんか用です?」
「ちょっと練習手伝ってほしいの。頼めない?」
「いいですけど、指導はあのPMSCの担当じゃ」
「違うのよ。遊泳の練習。近場の廃艦まで送り迎えお願いできない?」
リズリーのスタントパイロットの彼女では演者の頼みは断りづらいだろう。つけ込むようで申し訳ないが拝み倒してどうにか了解を取り付けた。出番までの二時間の約束で送迎をしてもらう。
「その娘も行くんですか?」
クーファを示す。
「教えてもらうわ。あなたは勝手にアームドスキンを離れられないでしょう?」
「勝手に飛ぶだけでもあれなんですけど。でも、ロザリンドさんの要望にはできるだけ応えるよう言われてるんで特別ですよ」
「ごめんね。今度なにか奢るから」
お互いにしっかりとヘルメット装着チェックをしてからレイ・ロアンに乗り込む。サブシートに座って機体が宇宙に出ると、だだっ広い空間が広がっていた。
「近場に適当なの浮かんでませんね」
パイロットは少し困っている。
「デブリ帯も結構な速度で公転してるものね。大物に船を近づけたくはないでしょう」
「じゃあ、ちょっと飛びますんで」
「ごめんなさいね。お願い」
とはいえ、アームドスキンの速度である。あっという間にめぼしい廃艦にたどり着いた。
「ありがと。ここで待ってて。必ず一時間で戻るから」
「お願いしますね」
ロザリンドはクーファと一緒に廃艦の破壊孔へとストリングを飛ばした。
次回『光差す(2)』 「いえ、冗談ではないようです」




