こだわり捨てず(2)
ロザリンドがルオーの操縦するドルステン社の『レイ・ロアン』に乗ると知るとパトリックが不満を爆発させた。しかし、彼の操るナクラマー社のルーメットにはもうニコとクルスが同乗する約束をしているからと宥める。
そのうち、パトリックの操縦する機体にも乗るかもしれないと匂わせて了承を得る。やはり、このイケメンは癖が強い。監督は彼に顔出しもOKか打診するほど買っているが。
「この機体はドルステン社が最初に発表した機体ですが、当初は直管型プラズマスラスターでした。それをカスタムチェンジでパルススラスターに変更した後期の仕様になっています」
サブシートで安全装置の確認をしながらルオーが説明してくれる。
「どういうふうに違うの?」
「加減速が柔らかで旋回能力に優れています。加速で若干直管型に劣りますが操りやすさと身体への負担の小ささは格段に上ですね」
「パイロット生命に大きく作用するって言われてるやつ?」
負担の小ささへの言及から思い当たる。
「よく勉強なさってますね。現行主力のパルススラスタータイプからさらに重力波フィンタイプに移行するとパイロット生活は十年長くなると言われています。まだ、誰も証明できていませんが」
「コクピットっていうのが、どれだけ人間に過酷な環境なのかを象徴するエピソードだと思って記憶に残ったの」
「そうです。なので、お試し程度で済ませるのをお勧めします。まあ、地上機動ほどではないので心配なさらないでください」
重力下での機動は比にならないほど厳しいと聞く。例え話として、嘔吐した回数だけパイロットシートに身体が馴染むなんて噂になるほどらしい。
「では、宇宙に出ますね?」
「ええ、お願い」
自分のアームドスキンでもないはずなのに実にスムースに起動操作を行い、自然にパイロットシートに収まる青年を見ると改めてプロなんだと思える。膝上に投影されたコンソールパネルを操作し、機体状態に目を走らせると静かに踏み出した。
「ひととおりやってみます。状況に応じて手順は違うでしょうけど」
「一般的なものでよろしく」
俗に「空気カーテン」と呼ばれる流体遮断電磁場シールド膜を越えるとそこは宇宙であった。ロザリンドとて宇宙遊泳くらいは経験があるが、コクピットのそれは実感の薄いものだと思える。
「σ・ルーンにセンサーフィードバックがあるともっと生々しいのかしら?」
「ああ、わかりにくいですね。でも、最初からフィードバックをオンにするとかなりきついと思うので、まずは加速感だけ味わってみてください」
あまり揺れを感じずに宇宙に放り出される。操縦殻の内部は球体になっており、全周囲が2Dモニターで張り詰めてある。シートだけが宇宙に浮いているように見えた。
「今だに思うんだけど」
「なんです?」
疑問がある。
「高精細な3D投影技術が確立されて数百年も経っているのに、どうして機動兵器のコクピットは2D映像のままなの?」
「ああ、それが不思議でしたか。それはですね、事情があるんです」
「事情?」
パイロットに不都合があるのだろうか。
「現在の有機コンピュータに使われている高性能チップでも処理速度には限界があるんです。2D処理くらいまではタイムラグをゼロに近づけるのは可能なのですが、3Dモデリングほど複雑な処理を必要とすると無視できない時間ができてしまうんです」
「それだって何秒も掛かるものじゃないんでしょう?」
「コンマの下に『0』を打つような時間です。でも、それがパイロットには命取りになりかねないんですよ」
厳しい事情が告げられる。
パイロットにしてみれば、コクピットを覆うのは透明金属であってほしいほどだという。しかし、それは現実的ではない。強度に問題があるからだ。
ならば、タイムラグを極力排除する手段が大事になる。現行の球面モニタが採用され続けているのはそんな理由からだ。
「それと、これは余談程度なんですが」
ルオーが前置きする。
「コクピットで周囲を3D映像にした場合、パイロットは酔うといわれています」
「え、酔う? それは振動で気持ち悪くなるあれとは違うんでしょ?」
「はい。画面酔いみたいなものです。σ・ルーンからのセンサー情報があるうえに映像までモデリングされていると錯覚を起こしてしまうらしいんです」
宇宙に溺れてしまうという。
「あなたの職業を思うと批判するのは避けたいんですが、シアター施設のルームに備えられている高精細3Dプロジェクタが家庭用に販売を禁止されている理由はなんですか?」
「映像がリアルすぎて長時間観ていると錯覚を起こしてしまうからでしょう? だから時間制限されてる」
「それと同じことが起こるんです。センサーからの外部情報に接し、さらに3D映像が視覚に飛び込んでくると現実との区別ができなくなります。結果、錯覚に陥って酩酊感を催すそうですよ」
実害が示される。あまりに生々しい3D映像は人の感覚器を狂わせてしまう。昔から注意喚起されてきた事実である。
(案外考えられてる。なんでも最新技術を導入すればいいものではないのね)
ロザリンドはようやく納得した。
次回『こだわり捨てず(3)』 「それが一番難しい要望かもしれません」




