637.説明したらわかってくれる
ローズは手の指だけでなく、顔も拭かれた。というのも、口周りから頬にかけて、べったりと肉のソースがついていたの。どうやって食べたら、あれほど汚れるのか不思議だわ。
「あにゃ、ねぇ!」
ユリアーナが良くお風呂に入れていたから、ローズはいつものつもりで強請った。イヤイヤ期の娘に伝えるには勇気がいるわ。
「ユリアーナは熱があるから、お風呂は入らないの」
「……ねちゅ……」
「そうよ、具合が悪いの」
心配そうなレオンの顔と私を見比べて、ローズはきゅっと唇を尖らせた。顔のパーツが中央に寄る感じで、くしゃっと歪む。泣き出す予兆のような顔に、泣き喚く姿を想像したけれど……。ローズはぐっと堪えた。ずずっと洟を啜る音が聞こえる。
「ローズ?」
「……ろじぃ、いっちょ、いく」
お風呂はダメなのよ、と繰り返しかけて気づいた。意味が違う? もしかして、ユリアーナのお見舞いかしら?
「ユリアーナのところ?」
「ん……」
レオンやランドルフにも、二階へ上がらないよう伝えていた。なのにローズを連れていくのは拙いわ。風邪は万病の元だし、感染する病だから。頭の中であれこれ考えて、絞り出したのは情けない理由だった。
「ユリアーナはいま、人に会いたくないの。オイゲンも断ったわ。だから明日、聞いておくわね」
じっと見つめるローズには、難しすぎた。こてりと首を傾げて考え「だぇ?」と尋ねる。だから頷いた。ダメなのと伝え直したところ、意外にもすんなりと受け入れる。
「ん」
いいよの意味の「うん」が返ってきて、驚いてしまう。ヘンリック様の抱っこで移動しながら、ローズは大人しく侍女とお風呂に入った。レオン達はもう少し後なのだけれど、早く寝ると言い出し部屋に戻っていく。気を遣わせたのかしら?
ヘンリック様にも同行を断った。理由を聞かれて、ローズみたいと笑う。レオンもそうだったわ。やっぱり親子ね……私もそう思われる部分があるのかも。擽ったく思いながら「未婚令嬢の見舞いで、整えていない姿を見るのはどうかしら」と話す。
ヘンリック様がぴんときていない様子なので、付け加えた。
「家族であっても、尊重してほしいときはあります。ユリアーナは淑女を目指して努力する貴族令嬢です。未婚の令嬢が、夫でもない男性にすっぴんを見られるのは恥ずかしいことですわ」
「恥ずかしい……そうか、それは遠慮しよう。ところで「すっぴん」とは何だ?」
化粧をしていない顔と答えそうになり、口紅くらいでほぼ化粧をしていない若いユリアーナを思い浮かべる。どう説明したらいいか迷うわね。そうだわ!
「髪型もぼさぼさで、顔も洗っていない。薄い部屋着で、きちんと整えていない。そんな状態で女の子が人前に出るのは、あり得ないでしょう? 成人女性なら化粧前の顔が該当しますわ」
ヘンリック様の顔が、ざっと青ざめた。とんでもない質問をしたと詫び、いそいそと自室へ引き揚げていく。さあ、ユリアーナの様子を見てきましょうか。階段を前に気合いを入れて、やや駆け足で階段を登る。
「奥様! いけません」
イルゼに駆け足を見つかり、叱られた。公爵夫人は急いでいてもゆったりと、優雅に行動する……肝に銘じるわ。




