635.貴族の子の病歴事情
前々日に承諾して、前日にキャンセルだなんて。申し訳ないけれど、身内の体調不良だから許していただきたいわ。お詫びの焼き菓子を添えて、侍従が届けに向かった。朝に思い出していたら、出仕するヘンリック様にお願いできたのだけれど……ベルントもいたし。
朝食後にユリアーナを見舞って、体調不良に気づいたんだもの。その前に出かけた夫に伝言を頼むのは無理ね。正式な延期願いの手紙を作る必要もあったから、もし気づいても間に合わなかった。ヘンリック様を遅刻させてしまう。
ぐるぐると回る考えを一度停止して、大きく息を吸って吐く。深呼吸で気持ちを落ち着け、しがみつくローズを絨毯の部屋へ運んだ。レオンとランドルフの隙をついて廊下に出たみたい。リリーも振り切って走った結果、私に飛びついたの。
「ローズ、ここで待っていてくれる?」
「やっ」
「一緒に行く?」
「やぁ!」
待つのは嫌で一緒に行きたくもない。このままここにいてほしいのね。でも、着替えてこないと……風邪がうつるかも。私が寝込むことより、この子達が心配だわ。幼いうちは病気を貰いやすいのよね。
シュミット伯爵家で過ごした頃は、平民に混じって遊んでいたからよく病気を貰ってきたわ。街の子が汚いという意味ではないの。単純に触れ合う距離が近いのだと思う。おたふく風邪や麻疹も……。ふと気になった。レオンはそういった病気を経験しているかしら?
ランドルフの病歴も、バルシュミューデ公爵家に確認しておいたほうが良さそう。緊急時に判断する基準になるわ。貴族の子女が社交を始めるのは七歳以降が多いと聞いた。だとしたら、同年代の子と触れ合わない幼子は、麻疹などを経験しない?
「大変! フランク、よりイルゼね。イルゼをお願い」
侍女長であるイルゼのほうが詳しいでしょう。呼んでくれるよう伝え、イヤイヤと首を横に振るローズを膝に乗せて撫でた。近づいたレオンが、ちらちらと私を見る。にっこり笑って、ローズの位置をずらした。左側に寄せて、右の膝をぽんと叩く。
「いい、の?」
「もちろんよ」
遠慮する必要はない。似たような状況で、無理やり首を突っ込んできたのはユリアンだったわね。あの時は先に膝で甘えていたユリアーナが、すごく怒って……。思った通り、ローズが「やっ!」と叫んで固まった。
「だめ?」
悲しそうなレオンに、ローズが困った顔で手を伸ばす。途中で止まった小さな手首を掴んで、俯いたレオンの頭に乗せた。ぐりぐりと乱暴なくらい大きく撫でる。
「ローズがいいって言ってるわ。どうぞ」
「……うん」
おずおずと膝に触れるレオンは、くしゃくしゃに乱れた黒髪で笑った。腕を回して抱きしめる。可愛い天使を左右に、正面で笑っている天使もいるわね。そう伝えたら、ランドルフが赤くなって「俺は違うから」と焦っている。変な子ね、あなたも天使の一人よ。当然じゃないの。




