634.オイゲンとの約束を忘れてた!
部屋に戻ると、ユリアーナはまだ眠っていた。医者の薬が良く効いているみたい。小さなノックに気づき、小声で許可を出した。扉を開いたのはフランクで、何かあったのかと歩み寄った。
耳打ちされたのは、お見舞いの打診。ユリアーナったら、オイゲンと何か約束していたのかしら? ティール侯爵家から問い合わせがあったの。オイゲンが見舞いに訪れたい、と。
振り返って、ベッドの上のユリアーナを見つめる。うつっても困るし、熱があるから怠くて化粧も出来ないわ。その状態でお見舞いに来た婚約者と会いたいかしらね。悩む私を察したように、ユリアーナが目を覚ます。
「ん……ね、さま?」
「お水よ、飲んで」
用意した水差しからコップへ注ぎ、口元へ運ぶ。唇に触れたコップの冷たさに驚いたのか、びくりと肩が揺れた。その後、ゆっくり一口ずつ飲み始める。喉が渇いている自覚がなかったようで、一杯飲み干したことにユリアーナ自身が驚いた。
「体調はどう? 熱はまだあるわね」
フランクがそっと視線を伏せて、退室する。令嬢の素顔も、寝着姿も見なかったと示す所作ね。
「怠いわ」
「お薬が効いて楽になると思うけれど……。ユリアーナはオイゲンと何か約束をしていた?」
あっ! と表情が変わる。熱で忘れていたみたい。宥めるように金髪を撫でれば、汗で湿っていた。やっぱり人前に出たい姿じゃないわね。
「約束、してたわ! どうしよう……」
泣きそうな妹から聞き出したのは、図書館へ行く約束だった。借りたい本があるオイゲンに付き合うつもりで、図書館の入り口で待ち合わせをしたらしい。ユリアーナが来ないので、心配になって問い合わせをしてきた。
「どうする? お見舞いは受けられそう?」
「無理っ! こんな格好で会えない!!」
全身で訴えるユリアーナは、お年頃だもの。想像した通りの反応に、口元が緩んだ。いつだって綺麗な姿で会いたいし、淑女らしい振る舞いを見てほしい。ユリアーナの額から頬へ手を滑らせ、注意を引いた。
「今日はお見舞いを遠慮してくれるよう手紙を出します。約束は忘れたのではなく、熱で動けなかったと伝えるわ。他に何かある?」
「待たせてごめんなさい、も……伝えてくれる?」
「わかったわ」
フランクに代筆を頼もうと部屋を出て、ふと思い出した。やだ! 明日はマルレーネ様のところへ行く予定だった。私もユリアーナと同じ状況になるところだったわ。明日までに熱が下がらない場合を考えて、事前に予定の変更をお願いするべきね。
忘れないうちにと急いで階段を下りて、大泣きするローズに捕まる。置いていくわけにいかず、嫌だと仰け反る娘を抱っこして歩き出した。忘れる前にフランクに伝えなくちゃ!




