623.子育てに悩む夫婦の会話も大事
「子供とは難解な生き物だな」
寝室でついぼやきが漏れたヘンリック様は、お疲れの様子。あれが嫌だ、これも嫌だ、と泣き喚くローズをイルゼに任せた。自分の子供も育て、レオンの面倒を見てくれた侍女長なら安心だわ。彼女にとっては、一度通った道だもの。それでも交代は必要だけれど。
「子育てが嫌になりましたか?」
「……難しいからと投げ出す無責任な男になりたくない」
頑張ります、と受け取ってよさそう。ふふっと笑ってヘンリック様を手招いた。ベッドに座ったまま話していたため、こてりと横に倒れてくる。肩で受け止めるつもりが、ちょっとずれてしまった。あら、胸の上で固まっているわ。
「す、すまない」
「いいえ。お気になさらず」
こういう時って、言葉に詰まるのね。ふと気づいた。
「ヘンリック様、いま……言葉を選んだでしょう?」
「ああ」
「その選ぶ言葉を知らないのがローズですわ。レオンもそうですが、性別も性格も違うので穏やかですね」
自分に置き換えたら、ローズのいら立ちが伝わるのでは? と思いついて、口にした。驚いたように飛び起きたヘンリック様が目を丸くし、ゆっくりと視線を逸らす。自分の手元を睨むように見つめ、ふっと体の力を抜いた。
「そうか、あの小さな体で……そんな不安と戦っているのか」
「少しくらい暴れても仕方ないですね。よそのお子様も同じ道を通ります」
レオンが落ち着いているのは、私と出会った頃にはイヤイヤ期が終わっていたのか。それともイヤイヤするほど、感情が育っていなかった可能性もある。欲しい母親が目の前に現れて、意識がすべて持っていかれたのかも。
外に対して伝えられない苛立ちを募らせるより、欲しいものに必死でしがみついた。ローズとは育った環境が違いすぎるんだわ。
「ユリアーナやユリアンもそっくり同じでした。エルヴィンはどちらかと言えば、レオンのタイプですね」
分類して伝え、迷って付け足した。
「私もイヤイヤは激しかったそうですよ。お父様が知っていますわ」
「……君が?」
頷きの代わりに曖昧に微笑む。ヘンリック様を促して二人で横になった。ベッドの飾りである天蓋を見つめ、ヘンリック様の質問に答える。
「対応方法がわからないんだ」
「私のやり方ですが、いくつか提案します。食事が嫌なら、遊ぶか寝るかといった感じで……足りない表現を補うのです。本人が選んだら、そちらを優先します。ただ、本当にいけないことだけは年齢や時期に関係なく叱りますわ」
「難しいな」
「育児は公爵夫人のお仕事の一つですから、ヘンリック様はご自分が接する時間だけ……頭ごなしに叱らずに見守ってください。騒がしいのも今だけです……すぐに……子供は大きく、なって……」
手を離れてしまう。寂しいけれど……。どこまで話せたのか、私は途中で眠ってしまったみたい。




