622.政より難しいぞ ***SIDEヘンリック
いつもと同じように振る舞ったつもりだった。レオンとランドルフにサラダをよそい、ローズにも……だが、載せた途端に怒りだした。食べたくないなら、残せばいい。まだ幼いので口で説明できなかったのか? だが、手で払ったのは問題だろう。
可愛い娘が理解できない生き物になった気がして、どうしたらいいか困惑した。嫌いにはならないが、今後も同じことを繰り返すのか? 以前のルイーゼ姫のようではないか。尻を叩いて叱るべきなのかもしれない。
考えている間に、アマーリアが動いた。ローズが散らかした料理を拾い、平然と口に入れる。驚いて言葉が出なかった。落ちた料理だぞ? 手付かずの料理は使用人が食べることもあるが……取り皿の上に分ければ捨てるのが普通だ。テーブルの上に落ちた料理なら、絶対に廃棄対象だった。
慌てたイルゼが止めようとして、フランクが首を横に振る。何が起きているのか理解できず、混乱したまま食事が終わった。最後に俺は何を食べたのか、思い出せない。
エルヴィンが説明を買って出たため、一緒に移動した。絨毯の部屋へ入るアマーリアやレオンを見送り、俺は執務室を選ぶ。執務机の前を横切り、応接用のソファーへ座った。エルヴィンは向かいに腰掛け、やや眉尻を下げる。
「さきほどのローズちゃんの言動、怒っていますか?」
「いや……驚いただけだ」
理由がわからないうちは、怒りはしない。淡々と話す俺に、エルヴィンはゆっくりと切り出した。
「幼い子供は、自分のやりたいことを上手に伝えられません。話をするには、言葉が必要なのはわかりますか?」
頷いて先を促す。単語を知っていたら、自分の感情を説明できる。しかしまだローズは言葉の数が少ない。伝えるための言葉が見つからず、それが悔しくなって「嫌だ」と叫んでしまうようだ。なるほど、未熟な子供特有の現象か。
未熟すぎて、言葉だけで我慢できないらしい。嫌だと叫んでも、何が嫌かを伝えられずに腹が立ち、手が出てしまう。それは徐々に成長して言葉を覚え、我慢が出来るようになれば直る。この段階で叱りつけても、本人は嫌を繰り返して癇癪を起こす。
エルヴィンの説明に感心した。年齢を重ねた俺より、よほど知っているな。彼によれば、弟妹の相手をして覚えたとか。もしかしたら、育児に関わった俺の部下達も同じか? 夫婦や子供に関することは、彼らのほうが知っているだろう。
「なるほど。では叱ってはいけないのだな?」
「いえ。すべて自由にさせていいわけではないのです」
叱るときと叱らなくていいとき、どうやって区別をする? 難しすぎるぞ。これなら政の施策を考えるほうが簡単だ。法則があるからな。唸りながら、俺は新しい分野を学んでいく。アマーリアを助けられる即戦力になることを願いながら。




