610.個性豊かで自由な子供
その場にいた使用人達に口止めをした。もちろん、フランクとイルゼも。ランドルフに嫉妬するヘンリック様の耳に入ったら、絶対に大人げなく騒ぐわ。仲裁してくれたランドルフには感謝しているの。あの場面で、どちらを優先しても角が立つでしょう?
レオンへ急ぐよう伝え、ローズを途中で引き離す。興味をお絵描きに逸らして、自分がやられたら嫌だろうと諭すところまで。すごい手際の良さだったわ。私でもちょっと思いつかないのに……。
興味本位で尋ねたら、兄と喧嘩をしたときに母ユーリア様が同じことをしたと。それも立場が逆だったらしいわ。プレゼントで貰った本を読んでいたら、貸してくれと奪われそうになった。それをユーリア様が仲裁したのね。
「素晴らしいわ、ユーリア様は頭がいいのね」
感動して褒め言葉がぽろり。ランドルフが嬉しそうに頷いた。ローズはたくさん螺旋を描いて満足し、ランドルフが足した花の絵を真似ている。模倣って悪いことばかりじゃなくて、上達に必要なのよね。微笑ましい気分でいたけれど、ローズのクレヨンがはみ出したところで……つい口を挟んだ。
「あっ! 誰か、ローズの手を止めて!」
侍女の一人がさっと抱き上げる。
「いやぁあああ!」
ご機嫌で絵を描いていたローズにしたら、邪魔をされたと思っているのね。暴れる手がクレヨンを潰し、手がにゅるにゅるよ。青くなった手で侍女の顔を押しのけた。当然、クレヨンが移ってしまう。申し訳ないわ。彼女に臨時報酬を出すよう頼んでおきましょう。
マーサが抱っこを交代し、泣き喚くローズを隣室へ移動させた。
「大丈夫かしら……」
「問題ございません、奥様。落ち着かせるには場所を変えるのが一番です」
侍女長のイルゼは育児の先輩なので、その一言にほっとした。私も早く動けるように、腰を治さないと!
ノックが聞こえ、扉が開いた。隣の部屋で、エルヴィンの読書に付き合っていたお父様が顔を見せる。得意げにレオンが見せた絵を「鮮やかで綺麗だ」と褒めた。赤い線は太くなり、周囲に色を纏った虹になったの。
「さきほど、ローズが泣いていたようだね?」
「ええ、お絵描きを止めたら泣いてしまって」
理由を示すために、絨毯の上の画用紙を指さす。白い紙の脇ではみ出した青に、お父様が苦笑いした。これはユリアンもユリアーナもやったのよ。覚えていないけれど、子供の頃の私もやったのかしら?
「ぼく、しない」
はみ出したりしないよ。主張する息子の頭を撫でて「そうね」と頷く。性格の違いだと思うの。はみ出しても気にしない子もいれば、きちんと紙に収める子もいる。どちらも可愛いし、周囲の大人が対策すれば済む話よ。
「ローズは外に描くのも好きだから、もっと大きな紙を用意したらいいわ」
「うん……」
「レオンもいっぱい描いてね」
そんなことがありました、と帰宅したヘンリック様に報告する。もちろんランドルフの部分は除いたわ。親バカなヘンリック様は、思わぬ提案をしたの。
「どれだけ落書きしてもいい部屋を作ろう!」
「……考えておきますわ」
金持ちゆえの贅沢発言だけれど……一理あるのよ? 好きなだけ描かせてあげたいのは、私も同じだもの。ただ我慢を教えるのも必要よね。どうしましょう。




