596.私達だけで温室へ行きませんか
結論として……毛皮に墨はついた。でもブラシをかけたら落ちる程度らしい。灰色で目立たなかったこともあり、すぐに回収された毛皮の汚れは気づかれずに済んだ。ご機嫌のローズは手を伸ばして髪に触ろうとして、慌てて手を引っ込める。
「偉かったわね、触らずに我慢できたから黒髪のお姫様よ」
「うん! 僕とおなし」
レオンが補足してくれたので、ご機嫌のローズは笑顔を振りまく。この笑顔を曇らせたら、後悔で寝られなくなりそうよ。本当ならレオンとランドルフは勉強があったのだけれど、全部予定を明日以降に変更してもらった。今日ぐらい、好きにしたらいいわ。
子供のうちでなければ、楽しめないこともあるでしょう。たくさん楽しい思い出を作れば、大人になっても胸の奥で温かいはずよ。その意味ではヘンリック様は、心の温度が足りないのかも。隙間風が吹くたびに冷えてしまうから、たくさん温めてあげたい。
ランドルフは空気を読んだのか、レオンと手を繋いだ。ローズは当然、大好きなお兄ちゃんの手を握る。つまり、今度はレオンが真ん中ね。三人で屋敷へ戻り、絨毯の部屋で遊ぶと聞いた。慌てて毛皮を敷くよう伝えたけれど、すでにフランクが手配していたわ。
「さすがフランクね」
「有能だからな」
自分のことのように、得意げに胸を張るヘンリック様に頷いた。
「本当にそうね。こんな人に育てられたから、ヘンリック様も仕事が出来るのかしら?」
「……っ、普通だぞ」
なぜか照れて挙動不審に。周囲を見回して意味もなく両手をすり合わせている。そんなヘンリック様が可愛くて、伸ばした手で触れた。絡めて手を繋ぐ。
「温室へ行こうと思ったのに、あの子達……部屋がいいのね。どうでしょう、私達は温室で休みませんか?」
驚いた顔で目を丸くしたヘンリック様は、きょろきょろして……助けを求めるようにフランクに視線を合わせた。大きく頷いて後押しする家令に、彼も覚悟を決めたみたい。
「そ、そうだな。いいと思う」
繋いだ手を引きよせて、腕を絡める。一瞬だけ手を解いたら、泣きそうな顔をするのよ。国を動かす有能な公爵閣下からは、想像できないわ。こんな顔を知っているのは私だけ。そう思うと、嬉しいような擽ったい気持ちになった。
腕を組んだ形で指も絡めて、鍛えた彼に寄り掛かって歩き始めた。夫なのにときめいてしまう、いえ……夫だからかしら?
「リリー、お茶の支度を頼める?」
「承知いたしました、奥様」
レオン達はマーサやイルゼに任せましょう。レオンがいて、ローザリンデやディルクが生まれた。私ね、もう一人くらいいてもいいかな? と思っているの。いつ話そうか、迷っているのよ。




