303.靴を脱ぐのが流行りそう
王族や公爵家、フォンの称号を持つ家の子が率先して靴を脱いだ。さすがに親達も注意できずに、苦笑いして見守る。
「あの台には理由があるのですか?」
バルシュミューデ公爵が、不思議そうに尋ねる。途端に、周囲の貴族が一斉に視線と耳を傾けた。理由が気になるみたいね。皆に聞こえるよう、やや大きめの声で説明した。
「靴を脱いで駆け回れるよう、分厚い絨毯の部屋を普段から用意しておりますの。子供の頃に足の指を使う訓練をしておくと、運動神経の発達に影響がありますわ」
「ほぅ、我が家でも取り入れてみようか。どうだ? ユーリア」
「素晴らしいと思いますわ」
バルシュミューデ公爵は好意的に受け止めたみたい。妻であるユーリア様に同意を求めた。社交界で女性達の中心に立つユーリア様は、おっとりと頷く。
「あら、王家でも試してみようかしら。大人には効果がないの?」
マルレーネ様が口を挟み、貴族がざわりと揺らいだ。貴族夫人が足首より上を見せるのは、はしたないとされてきた。絨毯の部屋で座れば、見える可能性がある。それでも導入すると王家が宣言した。
私も驚いて固まってしまう。内々に導入するならわかるけれど、公的な場で公表して大丈夫かしら。
「大人でも効果はあるようですわ」
慌てて答えた私に、マルレーネ様は嬉しそうに手を叩いた。
「まあ、素敵。さっそく試してみましょう。ローレンツとルイーゼはもちろん、カールハインツ陛下もお誘いしなくては……」
国王陛下も試すとあれば、下品と貶される心配はない。パウリーネ様がここで声を上げた。
「きちんとした指の使い方を教えていただきたいわ。靴下と裸足なら、どちらがいいの? それにただ走るだけ?」
思わぬ助け舟に、慌てて知る限りの知識を披露した。裸足に抵抗を示すご夫人も散見したが、王太后陛下の賛同を前に沈黙する。権力って、こんなに凄いのね。
「ご家族だけの時に靴を脱いだら平気でしょう。お外でなさる必要はありませんもの」
おほほと笑うパウリーネ様の奔放な発言に、夫人達も納得してくれたみたい。ある意味、発言権はあるのね。さすがは公爵夫人だわ。
「アマーリア、入れ替えの時間だ」
「ありがとうございます、ヘンリック様。皆様、壁の絵画をご覧くださいませ」
色の位置はそのままで、別の絵画に掛け替えられた壁は、鮮やかさを増した。先ほどお話しした絵画好きな伯爵夫人は、目を輝かせて近づく。誘われるように、貴族が移動を始めた。この間に、侍女や侍従が忙しく動き回る。
お茶菓子から軽食へ、お茶の種類も変更する。部屋を移動する方法も考えたけれど、子供が多いと難しいのよ。夢中になって遊ぶ姿は微笑ましい。
「るぅ、こっち」
「これ、きれぇねぇ」
手招きするレオンの隣で、ルイーゼ様は絨毯の柄に夢中だ。いつの間にかユリアン達は離れ、幼子だけで遊んでいた。ルイーゼ様の隣に座った女の子は、ほぼ同年代のようだ。お友達になれたらいいけれど、相性はどうかしら。




