302.靴を脱いで遊べる場所
フランクもベルントも、忙しいのに笑顔だわ。イルゼに至っては、感涙しているけれど……。それだけ、この屋敷は寂れる一方だったのね。使用人として掃除や手入れを丹精しても、どうしたって主人のいない屋敷は寂しい。
いまは真逆で、ヘンリック様が毎日帰ってくる。跡取りであるレオンだって、元気に屋敷を走り回っていた。シュミット伯爵家が賑やかさを足し、女主人の私がいるからお茶会を主催できる。貴族の屋敷は立派で大きいだけでは、その価値が半減するのだわ。
ご機嫌のパウリーネ様と談笑し、適当なところでマルレーネ様を理由に離れる。ご一緒してから、会場へ繰り出した。主催である以上、皆様に満遍なく声をかけるのは私の役目だわ。
「楽しんでおられますか?」
「はい! 絵画の鑑賞もできるなんて、感動しております」
声をかけたご夫人は、先ほどから壁の絵に夢中だ。色をベースに選んだ絵画は、モチーフや手法もバラバラだった。鑑賞するご夫人に言わせれば、そこがいいとのこと。喜んでいただけてよかった。
「おかぁしゃま、るぅ、つかいた」
とことことレオンが走ってくる。その右手は、しっかりとルイーゼ様と繋がれていた。疲れたと表現したわりに、ルイーゼ様は元気そう。喉が渇いたのか、座りたくなったのか。
「レオン様、あ……ルイーゼ殿下も。こちらでジュースを飲みましょう」
ランドルフ様はユリアーナと仲良く現れ、一緒に行こうと誘った。ルイーゼ様の表情が曇る。なるほど、疲れたのは口実で……レオンと二人で遊びたかったのね。この年齢なら微笑ましいで終わる。屈んでから、ルイーゼ様の目を見て伝えた。
「ルイーゼ様と遊べると、レオンは楽しみにしていました。ランドルフ様やユリアーナとも、仲がいいのですよ。ご一緒したら、お友達が増えますわ」
ルイーゼ様はお友達が少ない。マルレーネ様が嘆いていた通り、我が侭すぎるの。いまは気の合うレオンに執着しているけれど、他にもお友達ができたら気持ちが分散するはず。たまに玩具に執着する子、いたのよね。懐かしく思いながら、優しく伝える。
「うん、いく」
あら、だいぶ言葉が上手になっているわ。レオンより一歳上だから、舌っ足らずは先に卒業みたい。
「ルイーゼ様、その髪飾り素敵ですね」
ユリアーナのフォローで、ルイーゼ様が嬉しそうに笑う。お母様がつけてくれたと話しながら、空いていた手をユリアーナに伸ばした。するりと手を掴み、ユリアーナは子供用に用意されたスペースに向かう。
貴族に靴を脱いで寛ぐ習慣はない。そのためキッズスペースを考案した際、イルゼから段差を付けて座れるよう提案された。寝転がってもいい、大きなソファーベッドのような場所だ。レオンは慣れた様子で靴を脱ぎ、上を走り回った。すぐにルイーゼ様が真似をし、ランドルフ様も靴下になる。
ユリアーナは澄ました顔で端に腰掛けるも、双子の兄ユリアンに誘われて壇上に上がった。見ていた子供達は顔を見合わせる。靴を脱ぐのは叱られそうだが、なんだか楽しそう……迷った後、数人がレオン達に続いた。
靴を脱いで遊ぶ子供達に気づいて、親が慌てるのは少し先になりそう。バレたら庇ってあげるから、心置きなく遊んだらいいわ。




