301.満たされた器 ***SIDE公爵
他家のお茶会に参加した経験はない。母親が俺を連れて出かけることはなかったし、父親は顔も見せなかった。貴族の家庭はそんなものと認識して成長した俺は、現在……あり得ない景色を見ている。
この屋敷で、お茶会が開かれるなど。
広いだけの箱だった屋敷は、居心地の良い場所に変わった。あれほど入り浸った王宮より、屋敷にいたいと思う。名前も覚えていなかった息子は可愛いし、飾りの契約妻は最愛の人となった。
「あなたほど幸運な男性はいないわ。しっかり自覚して、大切にしなさいね」
王太后マルレーネ陛下が、明るい笑い声に混ぜてちくりと刺す。アマーリアを大切にしないなら、奪ってやると言われたのはつい先日だった。きちんと愛していると伝えたし、契約も変更している。
「俺はアマーリアの夫で、レオンの父だ。大切にしている」
言い切れる自分が誇らしい。フランクの言う通り、おろおろした時期は無駄だった。早く彼女に愛を伝え、ひどい扱いを詫びていたら。もっと早くアマーリアと過ごせたのに。
お茶会に開放された広間を見回す。テーブルはカラフルに色分けされ、それぞれのテーブルのテーマになった絵画が壁を飾った。当初はテーブルに絵画を置こうと考えたようだが、絵は裏表があるからな。無理と判断し、壁に飾ったのは英断だった。
俺が一度も見たことのない絵も並び、いくつかは有名な画家の作品らしい。テーブルは自由に移動できる形式で、お茶菓子もテーブルごとに違うようだ。レオンの友人探しも兼ねているため、子連れの夫人も多かった。
薄いクリーム色のドレスに紺色のショールを巻いたユリアーナに、ランドルフ殿が手を貸す。美しい貝殻細工のブローチを使い、スカートに重ねたショールを留めていた。珍しい使い方だが、とても似合う。紺のショールは繊細なレースで、裏に透けるピンクの絹が合わされていた。
ユリアンは気取った紺色のシャツに、鮮やかなミントのクラバットだ。同じクラバットながら、エルヴィンは水色のシャツだった。ベストを紺色にして、弟と色を合わせる。アマーリアのセンスだろうか。
王妹ルイーゼ様と手を繋ぐレオンは、壁際で仲良くお菓子を齧っていた。侍女マーサが付き添っており、アマーリアはリースフェルト公爵夫人と談笑中か。助けた方がいいか? いや、まだ笑顔に余裕があるな。
このケンプフェルト公爵邸で、お茶会や夜会が開かれた記憶はない。こうして人々が集い、社交が行われるなど。壁際に控える使用人達の表情は、どこか誇らしげだった。
足りなかったすべてが満ちていく。公爵家や使用人も……俺とレオンまで。乾いた心を潤し、ひび割れた穴を塞ぐ。
「ケンプフェルト公爵閣下、ご挨拶申し上げます」
ゼクレス侯爵か。外交官として有能な彼は、俺と同じで一回り近く若い妻を得た。この際だから、若い妻との付き合い方を相談してみよう。フランク曰く、俺には努力が足りないらしいからな。笑みを浮かべ、侯爵に向き直った。




