299.ゆで卵の丸呑みは危険
お茶会の朝は忙しい。私は肌を磨き、着替えて采配に立ち回る必要があった。レオンは欠伸をして二度寝しようとする。可哀想だけれど、慌てて起こした。
「レオン、今日はお友達が来るのよ。ランドルフ様と遊ぶでしょう?」
「あちょぶ!」
王太后マルレーネ様の参加を聞いて、招待状を受けた貴族の九割が参加を決めた。残る一割は、ご家族に不幸があった家とその親族だ。こればかりは仕方ないわ。
フランクやイルゼが厳選したお客様なので、特に問題はないでしょう。ヘンリック様も支度のために別室へ移動し、用意された軽食を口に入れる。のんびり食堂で食べている時間はなさそう。
「おかぁ、しゃま! これ、あーん」
カットしたゆで卵を、レオンは笑顔で差し出す。口紅は最後にしましょう。食べている間に落ちちゃうわ。
「ありがとう、レオン」
お礼を言って口に入れ、美味しいと褒めて喜ぶ。きゃっきゃとはしゃぐレオンは、自分の口にも卵を入れた。
「レオン、大き過ぎるわ」
すぽんと口に入る卵が心配になり、ぽんぽんと背中を叩く。背中のボタンを留めていた侍女リリーも、慌てて協力した。すぐに、口からぽこんと卵が飛び出した。少し齧ってあるけれど、やっぱり吐き出させて正解だわ。大き過ぎるもの。
けほっ、咳き込んだレオンが声をあげて泣く。可哀想に、苦しかったのね。背中を撫でながら、レオンが落ち着くまで抱き締めるつもりだった。
「奥様、私が代わります」
「ありがとう、マーサ。でも大丈夫よ」
レオンは私の息子だもの。泣いているのに、お茶会の着替えなんてできない。他の準備を任せ、私はレオンが泣き止むまで抱っこしていた。
「大丈夫か? その……入室しても構わないなら……」
ノックと一緒に、おずおずとした口調でヘンリック様が声をかける。「いいです」と答えかけ、ぴたりと動きを止めた。私の背中、ボタンを留め切ってないわ。察したリリーが動き、ショールをかけてくれた。
「構いませんわ、ヘンリック様」
「失礼する……やはり着替えの途中だったか」
申し訳なさそうに視線を逸らし、それでも私に近づいた。涙は止まったが、まだしゃくりあげるレオンに腕を伸ばす。
「レオン、おいで。アマーリアは着替えと準備がある。俺と一緒にいよう」
「おとちゃま……うん」
迷ったけれど、レオンはヘンリック様の腕に飛び込んだ。抱き上げられ、まだ目元が赤いのに手を振る。お茶会なんて放り出して、一緒にいてあげたいのに。貴族という肩書きは、こういう場面では面倒ね。
「すぐに支度をするから、待っていてね」
「うん」
ヘンリック様にお願いし、手を振るレオンに応えた。扉が閉まると、大急ぎで化粧直しと着替えを進める。髪を結い上げ、髪飾りで留めた。姿見の前で全身を確認する。問題ないわね。
「二人とも、ありがとう。急いで準備をしましょう」
汗をかくほど動き回らないでください。そう言われ、指示を出すだけにしようと思ったのに、あちこちで手を出してしまったわ。




