298.引き取る猫の予定外
お父様は今日、新しい教材を作ったらしい。レオンが文字の形を覚えるために使うの。パズルだと思ったら、カルタの方が近かった。オイゲン様とエルヴィンは作業を手伝ったらしい。ユリアーナは刺繍を必死で仕上げ、ユリアンはレオンの鍛錬ごっこのお付き合い。
レオンは今日も敷地の奥にある大きな岩の前まで歩き、元気に自力で帰ってきた。付き合って私も散歩を頑張ったし、お茶会の調整も終わらせる。ヘンリック様は、仕事を前倒しで仕上げたと胸を張った。
全員の報告が終わったところで、フランクから思わぬ話が出た。
「お引き取り予定の猫達ですが……四匹すべて引き取ることになりました」
「……なぜ?」
首を傾げた私と違い、子供達は嬉しそうに顔を見合わせて笑う。ユリアンとユリアーナは、手をぱちんと合わせた。ハイタッチみたいなものね。
「ぼく、も!」
なんでも真似したがるレオンが、ユリアーナとユリアンにハイタッチしてもらう。そのままエルヴィンの方へ向かい、オイゲン様とも手のひらを合わせて笑った。エルヴィンに続いて、お父様もハイタッチに参加する。目で追う私の耳に入ってきた説明は、意外なものだった。
母猫と子猫二匹を引き取る予定で、一匹は商家の倉庫番として育てる。そう聞いていたし、どの子猫を残すのか迷った。親子や姉妹を引き離すのも可哀想と思っていたところへ、新しい猫が現れたという。
「新しい、猫……」
「はい、何でも真っ黒な猫だそうです。その猫があまりに鼠取りが上手で、すぐ採用したと伺いました」
猫の就職? この場合、採用と表現するのね。近所で何度か目撃された黒猫は、新参者らしい。飼い主もいないようなので、商家の倉庫番として即戦力だ。子猫を育てるより早いし、母子を引き離さなくて済む。
この提案に、フランクは問題ないと返答したようだ。一匹増えたところで、世話の手間は同じだろう。私は構わないけれど……ヘンリック様にお伺いの視線を向ければ、彼は緊張した面持ちだった。
まさか、この段階で猫が嫌いとか……言わないわよね? 飼ってもいいと許可をくれたはず。
「猫は、その……初めてなのだが……膝に、乗せても平気か?」
驚いて目を瞬き、意味をもう一度よく考えてから頷いた。
「ええ。猫が嫌がらなければ、大丈夫ですわ」
「そ、そうか……」
嬉しそうに頬を緩めるから、もしかして? と思い尋ねた。その返答は「動物を飼ったことがない」という、予想通りの展開だ。聞くまでもなかったわ。ヘンリック様は両親が放置し、先先代国王に厳しい教育を施された。遊んだり、犬猫と戯れたりする時間はなかったのよ。
「この子達も猫を飼うのは初めてですから、一緒に学びましょうか」
こくんと頷く姿は、体こそ大きいのに子供のようで。私は抱きしめたくなった。伸ばしかけた手に、はっとして予定を変更する。人前だから抱きしめるのではなく、手を握るだけにするわ。
軽く握った手の上から、さらに反対の手を重ねられる。大切そうに包んだヘンリック様は、眩しいくらいの笑顔だった。やっぱりレオンの父親だわ。そっくりで絆されちゃう。




