295.ユリアーナの大切な宝物
お茶会の準備は順調だし、問題も起きていない。レオンは運動のお陰でよく眠れているようで、食事の量も増えていた。よかったわ、ほっとしながら筆を置いた。
お絵描きし終えた紙を、フランクが回収していく。そういえば、いつも彼が回収するけれど……どうしているのかしら。レオンの絵に関しては捨てないよう伝えてある。どこかに保管しているのよね。
気になって尋ねたところ、ヘンリック様の書斎の一角に絵を保管する場所が作られたらしい。そこへすべて収蔵している……え? すべて?
「レオンの絵のすべて、よね」
「はい、若君の絵はもちろん奥様の作品も全て……」
「私の、絵も」
ぼそりと繰り返し、考え込んだ。気に入って保管してくれるなら、すごく嬉しい。でも父や弟妹の反応を見るに、微妙な絵と思われているのよ。それを大切に保管……もしかして、ちゃんと見ずに集めているのかも。
「先日も奥様の……猫? の絵を大切そうに眺めておられました。口元が緩んで、それは幸せそうでございましたよ」
フランク、なぜ「猫」に「?」を付けたの。確実に猫で、他の動物には見えないわよ。でも……そうなのね。ヘンリック様は筆頭公爵家の当主だし、きっと絵画を見る目も肥えているのだわ。
認められたのだと嬉しくなり、レオンを抱き上げてくるくる回った。
「きゃぁ! おか、しゃま……いいこと?」
「ええ、素敵な出来事よ」
一緒に回るレオンが笑顔を振りまいた。背中に羽が見えるようだわ。可愛いレオンを抱きしめて止まり、天使を地上に下ろした。うっ、調子に乗って回り過ぎてしまったわ。少し気持ち悪い。
ヘンリック様の帰宅時間まで、あと少し。お父様達がこちらへ向かってくるのが見えた。扉を開けて待つ侍従に会釈したお父様が、私に微笑みかける。近づいて、そっと教えてくれた。
「仲直り成功だ」
ユリアンはご機嫌で鼻歌、隣のユリアーナは小さな袋を抱えていた。後ろからエルヴィンが意味ありげな視線を向ける。そう、上手に仲直りできたのね。エルヴィンに肩を叩かれ、促されたオイゲン様がぺこりと挨拶した。
ここ数日、お茶会の支度で本邸が忙しく、夕食も別だった。その間に、ユリアンも驚くほど二人は仲良くなったらしい。ユリアンをレオンの相手で借りてしまったから、エルヴィンがあれこれと世話を焼いた。その結果、正反対の性格の二人は意気投合したのよ。
「あにゃ……それ、なぁに?」
胸元へ抱え込んだ包みは、レオンの気を引いたみたい。声をかけられ、ユリアーナは屈んでレオンの前で中身を広げた。
「大切な宝物よ」
「たきゃら……もの」
緊張した面持ちで中を覗き、レオンはぱちぱちと瞬きした。昼間、ユリアンと選んだショールが入っている。おそらくブローチも一緒だろう。
「きれぇ、らね」
綺麗だと褒めただけで、レオンはそれ以上言わなかった。場の空気を察したというより、意味がわからないようね。首を傾げて私を振り返るから、人差し指を口の前に立てて「しぃ」と合図をした。同じ仕草をして、レオンは笑う。
秘密の共有よ。




