293.鍛錬ごっこの隊長と騎士様
翌朝から、ユリアンは約束の仕事を始めた。レオンの身の回りを手伝い、鍛錬ごっこをすること。本物の鍛錬はまだ早いので、真似事だけなの。強くなれると聞いて、レオンは目を輝かせた。
この頃お気に入りの絵本があって、私は昨夜それをループで読み聞かせた。立派な騎士様がお姫様を守って戦い、強敵を倒す英雄譚よ。他の本にしようと思っても、約束を持ち出されると弱い。読んであげると言ったのは私、ならば約束は守らないとね。
レオンが眠ってしまうまで、八回くらい読んだかしら。絵本は子供向けだから、小説と違って話が短いの。苦労して成長して敵に挑むほど量はなくて、攫われたお姫様をすぐに助けに行き、キンキンカンカンと戦ったら倒して終わり。相手の強敵さが伝わらなかった。それでも絵を見る限り、騎士の二倍はある巨体の敵だから強そうだけれど。
レオンはこのお話の騎士になり、お姫様の代わりにお母様を守ると言い出した。ヘンリック様とも相談したけれど、やっぱり鍛錬は早過ぎる。体が出来上がっていないし、何より全力で走ると転んだりする年齢なの。危険だと否定ばかりしたら、未来を潰してしまうし。
子供の他愛無い願いと夢だから、諦めさせるのは可哀想だわ。そこでユリアンの登場よ。平民の子を引き連れるガキ大将だったから、年下の面倒を見ることに慣れていた。その上、レオンもユリアンに懐いている。危険がないよう、それっぽい鍛錬をしてあげてほしいと伝えた。
正確には基礎体力作りね。私も同行して、散歩に付き合った。
「おしゃんぽ、ない。たんえん」
これは鍛錬だと拳を握るレオンは、ユリアンと並んで歩く。ユリアンは歩く速度を変えたり、近くの茂みに隠れたり、上手にレオンを誘導した。何かを尾行しているみたいだわ。あれに似ているわね、先日の母猫と子猫……そろそろ落ち着いた頃かしら。
ふっと思い出し、考える。子猫は何ヶ月くらいで親から離せるのか。考え事をしながら歩いていたので、立ち止まったユリアンにぶつかってしまった。
「ごめんなさい、ユリアン」
「いや、平気」
片手をついて、上手に横へ転がって逃げたユリアンの動きに、レオンが目を輝かせた。
「ぼくも! いまの、ぼく、も!!」
やりたいと全身で主張し、ぴょんぴょん跳ねる。歩いてきてぶつかってほしいと言われ、さすがに危ないからと内容変更させた。しゃがんだ私が、後ろからレオンを軽く押す。その合図で、横に転がる手筈だった。
何度も失敗して、なぜかでんぐり返しが上手になっていく。そうするうちに、突然、なんて事なくできたレオンが歓声をあげた。甲高い声で「きゃぁああ!」と叫んで、ごろごろ転がる。
「レオン様ってさ、犬みたいじゃね?」
「ユリアン、それは思っても胸の内に秘めておきなさい」
姉弟でぼそぼそと会話し、起き上がったレオンを褒めた。撫でる手が、さりげなく髪に絡んだ草を払い落とす。ぐるりと回ったユリアンが、ぽんと背中を叩いた。
「よし! ここで今日は帰る。レオン騎士様、隊長に続け!」
「あい! たぃちょ」
いつの間にか役割分担もできていた。いい関係が築けているわね。私の運動不足解消のためにも、楽しんでたくさん歩かなきゃ。




