292.泣いたカラスがもう笑った
食後、レオンをヘンリック様に預ける。先ほどの喧嘩は記憶に残っていたようで、レオンは一緒に行くと言わなかった。幼くても、きちんと説明すれば理解してくれる。
「レオン、私はユリアンとユリアーナに仲直りをさせてきます。ここで待っていて頂戴。寝る時間までに帰ってきて、絵本を読むわ」
「……うん」
抱っこするヘンリック様に顔を埋めて、後ろ姿で返事をする。不満だけど、我慢する……分かりやすい表現だわ。黒髪を撫でて、ちゅっと音を立ててキスをした。
「俺も」
強請るヘンリック様の頬にも同じキスをする。照れちゃうわ。赤い顔で歩き出すとレオンの声が聞こえた。
「やくちょく……!」
「ええ、約束よ。寝る時間は本を読みましょうね」
離れまで歩く時間が惜しくて、周囲をきょろきょろしてからスカートを摘まんだ。足首が見えるギリギリの裾を踏まないよう、走り出す。
「奥様! いけません!!」
「今日だけは許して!」
叫ぶリリーに叫び返し、そのまま離れまで走り切った。なんてこと、息が切れるわ。家事や買い物をしなくなって、運動不足だと思う。体力が落ちていると判断し、今後は運動を増やそうと決意した。乱れた息を整えてから、離れの扉を叩く。
後ろから競歩みたいな速足で近づく侍女二人が到着する頃、お父様が扉を開いた。
「悪かったな。叱って部屋に戻したが……」
「私が話します」
まずはユリアーナから。なかなか口を割らない妹に、私はお金の流れを説明した。最初はすべて私が使うお小遣いから出していた。でも今回のドレスは、管理人が取り戻した伯爵家の収入から出ている。過去奪われたお金も、親族の財産や家土地を売却して回収し始めた。全額には程遠いが、それなりに高額だ。
ずっと貧乏を強いられたのだから、少しくらい贅沢をしてもいいのよ。
「使っていいお金なのよ」
「……だって、またなくなったら」
先のことまで考えてしまい、どうしても贅沢できないという。内心では同感だけれど、笑顔で構わないと伝えた。そのときはそのとき考えればいい。先を考えすぎてもいいことはないわ。もちろん、無駄遣いは以ての外だけれど。
納得したユリアーナを置いて、隣のユリアンが使う私室へ入る。膝を抱えてベッドに座る弟は、唇を尖らせていた。泣きたくなくて、我慢しているのね。見慣れた癖を懐かしく思いながら、隣に座って抱き寄せた。
「ユリアーナに綺麗なドレスを着てほしかったのよね? そう伝えたらよかったのに」
「言ったけど」
反論された。妹の言いたいこともわかるし、お金がなかった頃の苦労を思うと引き下がるしかない。でも今しかお金がないなら、なおさらのこと……自分の分まで妹を飾りたかった。尖らせた唇が零す愚痴を、相槌を打ちながら聞く。
気持ちのすれ違いだけど、本当にこの二人らしいわ。お互いのこと、家族のこと、心配する内容は同じなんだもの。
「こんな解決はどう?」
私のお手伝いをして、ユリアンは報酬をもらう。その報酬をユリアーナの装飾品にするの。
「やる!」
泣いたカラスがもう笑った。




